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昨日までの3日間、毎晩twaud.ioにアップしているおやすみ音楽シリーズ "Goodnight_to_followers" の作品として初めて VOCALOID を使ってみた。
http://twaud.io/SSY , http://twaud.io/SY5 , http://twaud.io/Sh8
ネット上での反響の大きさにも驚いたけれど、僕がボーカロイド(以下ボカロと略)を使ったことがとても意外と受け取る反応が多かった。多分職業プロデューサーとして見られているからなのか。自分としては音声合成ソフトの初期から音楽に取り入れたりしているのでその反応が意外だった。古くはポンキッキの音楽、PLASTICSのラフトレード盤でのSpeak & SpellによるCOPYや、コンピューター上のソフトウェア音源としては、もう名前も忘れてしまったけれどずいぶん古くから試していた。
僕のシンセサイザー歴のスタートも実はEMSを使っての人声シュミレーションからスタートしている。四人囃子初期の話しなので1975前後。
さて話しを戻してボーカロイド。最初の情報を得たのはいつだろう?もちろんすぐにも飛びつきたかったのだが、時間があまり割けそうになかったことと Windows上でのアプリケーションだったことでなかなか試すこともできなかった。初音ミクも発表された時からすぐにでも使ってみたかったしその時点で試したいアイデアも色々あったのだけれど、やはり上記の理由で出会えないままでいた。
瞬く間に初音ミクは超売れっ子アイドルとなった。予想した通り、いやそれ以上の人気タレント扱いとなった。僕は始めの頃多少聴いただけだが、ネット上には彼女の声が溢れているようだ。
それがtwitter上でのちょっとしたやりとりから簡単な道が見つかった。MacでもWindowsのエミュレート上で動くことを教えてもらえた。なるほどあまりに簡単な道で考えもしなかった。と言うか例えMac上でもWindowsを動かすこと自体に抵抗はあったのだが。
ともかく、すぐに注文をした。選んだのはボカロ3代目アイドルの巡音ルカ。理由は唯一バイリンガルであること、大人しめな声なのも気に入って。
インストールしたその日に作ったのが1作目「春が咲き」(仮タイトル)という曲。先日の unsuspected monogram の関西ツアー最終日にhachi のボーカルハツエさんと共作した作品。その日のGoodnight_to_followersとしてアップされている。http://twaud.io/5wd
真っ先にやってみようと届く前から決めていた曲。結果は予想通り。音楽的に使える。インターフェースに改良の余地は感じるし、声の移り変わり(発音の)にギクシャク感はあるが、決してイヤな感じ・不快な感じと言う程ではないと感じた。昔のアナログ時代のハーモナイザー処理に似た感じとでも言おうか。80年代にアイドルもの仕事で多用したアナログ・ハーモナイーザーでのピッチ補正やメロディの補正時の記憶が蘇る。
二日目に試したかったテーマはブルース。もちろん意図的に”無機的な”ブルース。1970年代初頭(四人囃子以前)に思いつきずっと試してみたかった真面目な遊びのアイデア。40年かかってやっとできた遊び。
前半はバックもバカバカしい程の機械的演奏。と行っても昔のCV/GATE時代の様なリズム感=遅延の無いジャスト感はMIDI以後出せなくなってしまったが。
それが間奏のギターソロが入るとそれだけで趣が変わって来る。あえてオケとかけ離れた激しい歪みきったギターを弾いた。このギターのオブリが乗ってくるとルカの声の表情がそこまでと変わって感じる。そこまでは全く何の処理もしていない”素”のルカの声音。そして最後のコーラス、バンドは突然生演奏になる。ルカの声も通常のレコーディングと同様の処理。コンプレッサーのかけ具合もEQ処理も通常自分でミックスする時の方法、セッティング。軽くディレィをかけて艶っぽく。
当たり前だがそこまでのルカと存在感が変わる。急に生々しくなり、同時にそれが嘘くささを目立たせる、と言う興味深い実験。
三日目。今度はそれまでとは別のアプローチ。何かと言えば、巡音ルカさんと言う歌い手のために書き下ろした曲・詞で作品を創った。出会って3日目にして”その気”になれた。
"FALL" とタイトルをつけた楽曲。
当たり前なのだが”彼女”はその楽曲にちゃんと応えてくれる。生き生きとノビノビと歌う。実は時間が無いのであまりきちんとしたエディットができていないのが残念だが、もっと踏み込めばさらに良い歌い手として応えてくれるだろう。
自分としては予想以上の素晴らしい作品が出来上がったと思っている。
http://soundcloud.com/masahidesakuma/2010-04-20mix ←で44.1K/24bitでダウンロードできます。
「そんな機械に唄わせて何が面白いの?」「気持ち悪い!」と言う声もまだ多いかとも思う。それも至極もっともな感覚だ。
でも自分は一人の音楽家として何の偏見も無く、素晴らしい技術・進歩として喜んで”彼女たち”を音楽制作の現場に迎え入れたい。
3日間を通して短い時間ではあるけれど充実した貴重な音楽体験ができた。ボーカロイド技術の素晴らしさ、将来への期待を含めてtwitter上で開発陣に賛辞を送らせていただいた。
昨夜14日は大阪雲州堂にて”CRYSTAFIR"と名付けられた Cojok のファーストアルバムリリースワンマンライブ。CRYSTAFIRは「A FIRST CRY」(多分産声のこと?)を解体した造語らしい。
前の晩はゆあさみちるちゃん(『ひととせ』として活動中のボーカリスト。今配信しているGLAY "APOLOGIZE"でも歌っている)と初めて高円寺の one へ。長い付き合いのoguri君の店、ずっと行きたいと思っていたのだけど中央線沿線はあまり行く機会が無く延び延びに。 駅で待ち合わせ、いざ行かん、と元気よく歩き出したがどういう訳か道を間違えて全く反対方向へ。その後向きは直したけど今度は遙か通り過ぎてしまったり。普段道に迷うことなど無いのだけど迷惑かけました!to みちる。
onekoenjiは雰囲気のいいとても楽な感じのお店。今度ライブやらせて下さい。
みちるちゃんと久しぶりにたくさん語り合い楽しい夜。
みちるちゃんとはもう長い付き合い。確かまだ17才の頃。人の紹介で歌を聴かされ衝撃!すぐに連絡を取ってもらいスタジオで初顔合わせ。その時の歌にさらにオドロキ・・・何だかんだ長い付き合いになってきている。二人でblue et bleu と名付けたユニットもやりかけのままだけど。何年かかろうとそのうち形にできれば幸い。素晴らしい作品になるはずだから。
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終電近くに駅で別れ新宿ワシントンホテルへチェックインしすぐにおやすみ音楽(Goodnight_to_followers 2010.04.13)をtwaud.ioへアップ。元はだいたい出来ていたのでさほど時間はかからずに就寝。
翌朝大阪へ向けて旅立ち。
以前はしょっちゅう来ていた大阪。演奏しに来る以外で訪れるのはしばらくぶり。大阪駅は大規模な改修工事中。
ホテルにチェックインし、しばし譜面書きとおやすみ音楽作り。ほどなく僕の唯一のベース弟子マナちゃんが来訪。久しぶりの再会。たくさん話しができた。いつも明るくキュートなマナちゃん。ともかく一生懸命頑張っている様子で何より。
それからリハスタ帰りのhachiと合流し雲州堂へ向かう。
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雲州堂に併設されている Dining IORI でtyphoon ministersのシライシさんと待ち合わせ。
積もる話しをたくさんし、いよいよCojokの本番時間。
雲州堂に入る。すごく素敵なスペース。今度早川義夫さんと大阪に来る時にはここで演ろう!
Cojokのライブ。あまり言葉にしようも無いのだけど、当たり前の様に素晴らしく感動的なパフォーマンス。みんなでうっとりと見とれる。
すると聞き覚えのあるピアノ音の曲が始まる。終演後流れたテロップで初めてわかったのだが僕のGoodnight_to_followersの中のピアノ曲をコラージュして作られていた楽曲。ありがとう!あのピアノにどうしてあんなメロディが浮かぶのだろう?すごい。
一時間半のセットはあっと言う間に終わってしまい、楽屋から下りてきたAse君Kcoさんと打ち上げ。
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それから Cojok,hachiと一緒に一旦ホテルに戻り、おやすみ音楽制作とアップに付き合わせる。
無事できたので皆でまた街へ繰り出し、結局明け方まで。本当に楽しく充実した時間を過ごせる。仲間になれたのだろうな。
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きっとこれからみんなで助け合い励まし合いながら音楽を続けて行ける関係になれた様だ。ステキだな。
unsuspected monogram の1st. CDが出来上がって来た。[ ámé ] と言うCDタイトルは一曲目の曲名から。
[ 自主制作盤。販売はまずはライブ会場及びホームページ(予定)にて ]
ベーシック・トラックを録音したのはすでに一昨年のクリスマス。その後少しずつのんびりと形にし、最近やっとミックスを終えマスタリングをしたCDが昨日納品された。
こんなに時間を掛けて録音作品を作るのは希だ。と言うか初めてだ。
理由のひとつはメジャーでは無いので、リリース時期もタイミングも特に決まっていないこと。それと「本当にこれでいいかな?」といつまでもどこか踏ん切りが付かなかったこともあるかも知れない。そして今回一番自分にとって大切だった理由は、じっくり納得できるまで少しずつ作り込む音楽制作を追求してみたかったことだ。
音楽の仕事を始めて早35年ほど経つだろうか。その間、音楽を作ることが”仕事”なので当然仕事には締め切りも予算も色々な計画なども絡む。全てがタイムライン上で進行する音楽制作になる。
よほどヒットしたアーティストですらこの流れの制約からはなかなか逃れられない。彼らもまた仕事として音楽を選んでいるから。
しかし音楽を商業から外れて芸術的制作物と捉えると事態は全く変わる。
できる時にできる事を地道にやって行けばよい。期限など要らぬ。お金に換える必然も無い。自分の中の制作(創作)の衝動とだけ向き合って進行させればよい。
幸いにして、同時に不幸にして。音楽家としてある程度の実績と成功を得たが故に、ほぼ全ての関わる音楽制作は”仕事”として成立させざるを得なかった。やっている内容はもちろん創作的活動であり、決して卑下されるべき音楽では無いと思うが、例えそうであっても仕事としてのタイムライン上にあることはいつも明確だ。
ずっと音楽の仕事を続け、そこだけはいつまでも葛藤が残る。
話しが長くなってしまうので端折るが、そんなことが今回の unsuspected monogram の制作の基本方針として自分の中にあった。
このバンドは商業には結びつかないかも知れない。でも自分達で自分達のいいと思える音楽その方法を自由に手にすることだけはできる。そのために始めたようなものかも知れない。
長時間かけ自分でミックスした。現代のテクノロジーのおかげだ。いつでもやりたい時に前回やった作業の続きを始められる。過去のスタジオでは考えられなかった自由がある。この方式はさっきも述べた理由で仕事ではなかなか使えない自由な流れの作業だ。
そしてマスタリングを初めてやった。いいか悪いかはわからない。自分ではいいかなともちろん思っているが。
バンドのコンセプトを考え、曲を書き、演奏をし、ミックスをし、マスタリングもやり。その全ての流れを自分でプロデュースした。プロデューサーになって30年ちょっと、やっとここまでできるようになったのかなと思う。
すごくいいバンドのすごくいいCDができた。Thanks for SO-kun !
夕方まで一人レコーディング作業の後、西荻窪サンジャックでの早川義夫+熊坂路得子(るつこ)ライブ「花のような一瞬」を聴きに(見に)行く。
と言っても「せっかくだから・・・」と数曲珍しくアコースティック・ギターで飛び入り参加することに。
西荻窪は子供の頃に住んでいた街。サンジャックは初。ライブハウスだと思っていたらビストロだった!僕が初めて自分でレコードを買った(フォーククルセイダース「帰ってきた酔っぱらい」)新星堂の近く。
階段を下りていくと早川さんとるつ子さんのリハーサル中の音が廊下に響いてくる。ドアを開け、新見さんと演奏中のるつ子さんに軽く会釈。早川さんは歌っているのでしばらく気づかない。
しばらく客席からは聴いていなかった早川義夫の歌を聴きたかったのと、ここのところ一緒に演奏して更に”謎”が深まった熊坂路得子のアコーディオンをステージ上では無く前から聴きたかったので、珍しくライブに足を運んだ。
リハーサルが終わり3人で近くのカフェへ。
早川さんが iPhone を手に入れたので、そのセットアップ等も今日の西荻の目的のひとつ。iPhone片手に軽く食事をしながらレクチャー。があいにく電波状況が悪く色々と手こずっている間に本番の時間が近づいてしまった。後のセットアップは本番後!と言うことにしてサンジャックへ戻る。
早川さん達はステージへ。僕は客席へ。
「あと何日」から始まったステージ、全曲飽きるほど演奏しているはずなのに、じっと真剣に聴き入ってしまう。久しぶりの早川義夫、客席から聴くのは何年ぶりだろう。10年以上ぶりかも知れない。
そして初めて聴く(共演はしているけれど客観的には初)熊坂路得子のアコーディオン。
いつでも簡単な言葉しか見つからなくて、気持ちを全然伝えられないのだけれど、素晴らしかった!早川さんの歌とピアノ、そこにるつ子さんのアコーディオンが時に可愛く、優しく、狂おしく、イヤラシク。絡みつき・まとわりつき。以前も書いたけれど、何だろうあの感じは・・・。不思議なほどに綺麗で淫靡な音のかたまりとなって響く。本当に「花のような一瞬」で言葉を無くす。
前半が終わり休憩をはさんで後半へ。
まずはるつ子さんのソロ演奏2曲。当然の様に?予想通りに?本当に素晴らしかった!何でこんな人が存在するのだろう?アコーディオンを弾いていなければ、まるで子供の様な風貌。なのに演奏中は色っぽいとかを通り超して、とにかく全身で引き込まれてしまう。音のかたまりの全てがるつ子さんの全身から発せられる。そこにこちらの心が身体がストレートに反応してしまう。
まるで、愛おしくてしょうがない恋人に手を触れることもできず、ただただじっと見つめているしかない時のような切ない気持ちと言おうか。
ソロ・コーナーが終わり僕の出番。「猫のミータン」「天使の遺言」「いい娘だね」「僕らはひとり」と4曲一緒に演奏し客席に戻る。普段と違って緊張もなく、のびのびと楽しい演奏ができた。
後半をまたオーディエンスとして聴き、アンコールで再び参加。
「嵐のキッス」と「H」。いい感じの演奏だったと思う。
客席で聴きながら素直に感動して、素直にアンケートを書いた。
「あなたのアコーディオン無しでは生きて行けません!」
朝起きると外は雨。
何故か庭越しに外を見ながら、川島康子さんの『外は雨』と言う歌を思い出した。
ちゃんとは想い出せないけれど、多分23~4歳の頃(35年ほど前)川島康子さんのサポートをやっていた。担当はベース。事務所はMS(ミュージック・ステーション?もう忘れてしまった)確か丸山圭子さんとかも一緒だったように記憶する。まだまだ駆け出しだった僕にとっては貴重なクライアントだった。
当時のメンバーはキーボードに茂木由多加(ex四人囃子、バイバイセッションバンド)、ドラムが平野肇君(ex バイバイセッションバンド等)ギターは笛吹君だったろうか?定かでは無い。
どのくらいの期間やっていたかも思い出せないけれど(多分一年以上は付き合っていたとは思う)彼女の歌声が大好きだった。特に「外は雨」という楽曲のサビの部分の歌い上げ方が。人のバック演奏をしながら、歌に・その人に感動しながら演奏できた初めての経験だったように思う。
東京はもちろん、色々な地方にも行った。地方のライブ後の帰りの電車、疲れ切った彼女の寝顔を横に見ながらバンドのメンバーと馬鹿話をしながら過ごした日々。東京でのライブ後だったかリハーサル後だったか、彼女の実家まで送って行ったこととかも思い出す。
そんな青春の日々。いつしか彼女の仕事依頼も無くなり、彼女自身を見ることもなくなってしまった。
今日初めて彼女の名前をネットで検索してみた。たくさんヒットした。
全く知らなかったけれど、小椋佳さんの楽曲でTVの主題歌だったらしい「私は送り風」と言う曲で有名だったようだ。僕がバックをやっていた頃より後の時代なのだろうか?情報は無いけれど。
そんな川島康子さん。今はどこでどうしているのだろう。
いつかまた会えるときが来るだろうか。そんな日が来たら茂木君の訃報も伝えておこう。
ピッキングに関しては諸説紛々、様々な解釈がある事を前提として。
まず写真左が、いわゆる『逆アングル』と呼ばれる弦へのピックの当て方。(一時期雑誌等で「佐久間式ピッキング」などと言われてもいた)ピックのネック側が上向いて居るので、説明しやすくするために以後 [Neck Up]と表記。
対して右の写真『正アングル』(?)と呼ばれるのかな?ピックのネック側が下がっているので以後 [Neck Down]と表記。
さて、僕にとっては12才でギターを始めた当初から [Neck Up]でのピッキングが当たり前。
{ その前に説明を。本来は弦に対し水平に当て、真っ直ぐ振り抜くのが基本なのだけれど、実際にはアップダウン(オルタネイトと呼ばれる)するので、その場合アップがとても難しくなる。なのでピックを弦に対し少し傾けた方が演奏はしやすくなるのが理由 }
ところがいつの頃からか、それとは逆のピックの当て方をする奏者が増えて来た。すると雑誌等で、僕が当たり前と思っていた奏法が『逆』アングルと呼ばれだす。
当時雑誌などでよくピッキング講座の様にして解説したり語ったりしていたのだけれど、おそらくそういう風に変化して来た理由は、ヘビーメタルとパンクの影響ではないかと思われる。メタルでの歪ませたバッキング特有の「ザグザグ」した音を出すには、明らかに [Neck Down] が有利。かつピッキング・ハーモニクスも出しやすい。
そしてパンクでの雑なピッキング及びギターを低く構えた時 [Neck Down]の方が手首が楽になるのもひとつの理由かと思われる。
具体的な音の違いは、通常[Neck Up]の方が太い音(しっかり振動させやすい=基音がしっかり出る)を出しやすい。細い弦に移っても音色変化に対し有利。逆に [Neck Down]だとどうしても音が細く、しっかりしにくい。細い弦の音が更に細くなりやすい。(手首が回転運動になるので)
簡単に書くとそういう違いなのだが、これがレコーディングとかの場になると如実に音が違う。当然良い音・よりしっかりした音を求められるので、僕のプロデュースワークのほとんどと言ってもいいくらいのギタリスト ・ベーシスト達のピッキングにアドバイスをして来た。結果、ほとんどのプレイヤーの音は改善されたと思う。
長くなってしまうのであまり詳しくは書けないけれど、そういうお話し。
ところが!! 昨夜突然今までやったことも無かった奏法を発見!
[Neck Down] でも [Neck Up] と全く同じ音が出せることを初めて体験。弾いている自分でさえ全く区別のつかない音を出せるようになってしまった。
これを伝えることができれば、無理にピックの持ち方を変えさせたりしなくとも、音を改善して行くことができる訳なのだけど、さ〜て、どう説明したらいいのだろう。
今のところ自分でも説明のしようが無い奏法。見た目では全く違いがわからない弾き方なのに、音はまるで違うのだから。
秘密は『親指』の使い方にある!とだけ書いておきましょう。
さ〜て、更に修行の道へ入って行くしかあるまいね。
90歳を越えても、こんなことに興味を持ち続けられる人。
自分もそういう人間であれますように。。。
2009年8月13日永眠。94歳。
最後にニューヨークへ行った時、ショーに行きたかったのだけどチケットが取れなくて断念をした。残念。
何十年ぶりの再”感動”。
巨匠の指導ぶりに”音楽”のたくさんの大切なことを思い出させられた。
