music: March 2010 Archives

ámé

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art work by otoya sakuma


unsuspected monogram の1st. CDが出来上がって来た。[ ámé ] と言うCDタイトルは一曲目の曲名から。
[ 自主制作盤。販売はまずはライブ会場及びホームページ(予定)にて ]

ベーシック・トラックを録音したのはすでに一昨年のクリスマス。その後少しずつのんびりと形にし、最近やっとミックスを終えマスタリングをしたCDが昨日納品された。

こんなに時間を掛けて録音作品を作るのは希だ。と言うか初めてだ。
理由のひとつはメジャーでは無いので、リリース時期もタイミングも特に決まっていないこと。それと「本当にこれでいいかな?」といつまでもどこか踏ん切りが付かなかったこともあるかも知れない。そして今回一番自分にとって大切だった理由は、じっくり納得できるまで少しずつ作り込む音楽制作を追求してみたかったことだ。

音楽の仕事を始めて早35年ほど経つだろうか。その間、音楽を作ることが”仕事”なので当然仕事には締め切りも予算も色々な計画なども絡む。全てがタイムライン上で進行する音楽制作になる。
よほどヒットしたアーティストですらこの流れの制約からはなかなか逃れられない。彼らもまた仕事として音楽を選んでいるから。

しかし音楽を商業から外れて芸術的制作物と捉えると事態は全く変わる。
できる時にできる事を地道にやって行けばよい。期限など要らぬ。お金に換える必然も無い。自分の中の制作(創作)の衝動とだけ向き合って進行させればよい。

幸いにして、同時に不幸にして。音楽家としてある程度の実績と成功を得たが故に、ほぼ全ての関わる音楽制作は”仕事”として成立させざるを得なかった。やっている内容はもちろん創作的活動であり、決して卑下されるべき音楽では無いと思うが、例えそうであっても仕事としてのタイムライン上にあることはいつも明確だ。
ずっと音楽の仕事を続け、そこだけはいつまでも葛藤が残る。

話しが長くなってしまうので端折るが、そんなことが今回の unsuspected monogram の制作の基本方針として自分の中にあった。
このバンドは商業には結びつかないかも知れない。でも自分達で自分達のいいと思える音楽その方法を自由に手にすることだけはできる。そのために始めたようなものかも知れない。

長時間かけ自分でミックスした。現代のテクノロジーのおかげだ。いつでもやりたい時に前回やった作業の続きを始められる。過去のスタジオでは考えられなかった自由がある。この方式はさっきも述べた理由で仕事ではなかなか使えない自由な流れの作業だ。
そしてマスタリングを初めてやった。いいか悪いかはわからない。自分ではいいかなともちろん思っているが。

バンドのコンセプトを考え、曲を書き、演奏をし、ミックスをし、マスタリングもやり。その全ての流れを自分でプロデュースした。プロデューサーになって30年ちょっと、やっとここまでできるようになったのかなと思う。

すごくいいバンドのすごくいいCDができた。Thanks for SO-kun !

tapestry

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twaud.io に毎晩「Goodnight_to_followers」と名付けて音楽を作り始めて今夜でまる一ヶ月。正確にはスタートした先月が2月なので通常の一ヶ月よりはまだ少ないけれど。http://twaud.io/users/pansykiwi

毎晩寝る前に音楽を作り、それを録音しネットにアップするなどと以前には思いもしなかったこと。突拍子も無いアイデア。多分誰のためでも無く自分へのある種の挑戦の意味も含めて気楽に始めて見た。ところがあまり時間もかからず毎晩100~200多い曲はもっとたくさんの人達がどこかで聴いてくれるようになっていた。
自分のためと思って始めた音楽作りが見えないオーディエンスを意識し始める。すると当然の様に”作れない日””何も生まれて来ない夜”も訪れる。もう眠くてしようがないし疲れてしまったしアイデアも浮かばないし・・・と。ところがそんな夜更けになってしまってもどこかで誰かが今夜も待っていてくれるのかも知れないなと思う。見えない人達のことをじっと思ってみる。そしてその景色が自分の中にふっと見えてきた瞬間に心で音が動き始める。その音を捉まえ手の中で少し暖めてみる。そうやって今夜もどうにか音楽と呼べるようなモノが生まれて来る。その音に「おやすみなさい」の気持ちをそっと添えてみる。


そんな風に毎晩作っているので自ずとピュアな自分の音楽(音楽を作ることに向けての自分の姿勢と言うべきか)が見えてくる。

一時期自分の音楽の作り方がどうしてもサウンドやアレンジや音楽的構造に偏重している様に感じて、それがとても嫌だった。もっとシンプルで簡単な演奏、手触りの良いオーガニックコットンの様な、身体に優しいスローフードの様な音楽の作り方がどうしてもできない。できそうでできない。それが歯がゆくて悔しかった。

twaud.ioにアップする音楽を毎晩作る作業を通して、それを振り返ってみて初めて気づいたのがそういった自分にとっての音楽の成り立ち方だった。
自分のやり方は前述したような肌触り良いコットンで身体を優しく包み込む服作りでは無く、織物を作るみたいなことなのだと。シンプルな一本の糸では無く色々な色の糸を織り込んで作っていくやり方なのだろうと。
アレンジだ構造だと言うことではなく、一本一本の別々の糸を組み併せ織り込みひとつのモノを作る。その織っている部分を見ても何だか全くわからないのが、織り終えて全体を見て初めてわかるような音楽の作り方なのではないかと。一つ一つの違った音色を併せる。だからひとつひとつの音色そのものが意味を持ち、それぞれのフレーズや配置自体が意味を持つ音楽の作り方を目指して来たのではないだろうか。
翻ってそれが故にレコード・プロデューサーと言う職業に自分を特化できてきたのではないだろうかと。


そんな風にして今晩も明晩も音を織り込んで行く作業を続けてみよう。自分にとってのタペストリー作り。そして今夜も「おやすみなさい」を。

*twasud.ioのページは最新の20曲しかリストに載らないため、masakimitsuhisaさんがアーカイブページを作って下さいました。
http://twitter.com/Goodnight_to_f