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8/24からの3日間 unsuspected monogram のアルバム・レコーディングで河口湖スタジオへ行って来た。
今回のレコーディング、通常のレコーディングではなく突拍子も無いアイデアの元にスタートした。そのアイデアとは:
1) 全曲同時録音、一発録り。
2) アルバム全11曲をアルバムの曲順でライブの様に一気に演奏・録音する。
3) その模様を ustream で世界にリアルタイム配信をする。
4) その画像を後にPVやDVD等に使えるクオリティのものにする。
そして次ぎのアイデアが一番重要で一番難関となったところ。
5) そこで演奏し流される音(ustで)は通常のミックス作業をされた音=CD化(音源化)された時の音であることもしくは限りなく近いこと。(もちろん最終的な調整は必要なので100%同じにはできない。でも知らずに聴けば完成品の音になっていること)
レコード・プロデューサーとして30年超音楽制作に関わってきて、こんな興奮できる録音方法を思いついたことは無かった。こんなことを実現できるチャンスにやっと辿りつけた幸運。
実際にはわかりえないが、おそらくこんな方法でのバンドの録音は世界初ではないかと思う。ustreamの歴史の浅さを考えてもおそらくそうなるだろう。
ー それぞれのアイデア・プランの解説をすると ー
1)、2)
自分で言ってしまうのは何だが、とにかく演奏力に関してはunsusは並みのバンドとは違う。実際いつ録音をやってもほぼワンテイクでオーケーを録れてしまうメンバー。しかもずっとライブで演奏して来た楽曲達、ライブ同様一気に演奏できないはずは無いと思えたこと。全員がその自信を持てるバンドだったこと。
実際こんな無謀なプランをメンバーに話した時にも誰一人として反対することも無く「面白いやりましょう」と即決できた。
3), 4)
Kampsiteのスタッフと知り合えたこと。共鳴しあえるところを大いに感じられたこと。
きっと素晴らしい映像を作り出してくれる、そしてそれを中継できる興奮。
折角の一発録り、現場の緊張感を更に高める為にもオンエア無しではこの企画はあり得なかった。
5) ,6)
昔からレコーディング現場で自分で演奏をする際に感じていたことのひとつ。それは最終的なバランス、エフェクトもかかりオートメーションも入った音の中で演奏をしたかったこと。演奏家の演奏中の心理に一番大きな影響を与えるのが実は音色やバランスだったりする。それによって自分はその音の中でどのポジションでどう演奏すべきかがはっきり見えて来る。ならばどうにか最終形のバランス・音の中で演奏をする方法は無いだろうか?とずっと考え続けて来たことを現実化する方法が今日の技術でやっと可能になったこと。
そしてそのエンジニアリング、音の作りも他人の手に頼らず自分で全てコントロールすること。かつ自分はその時演奏する側=コントロール・ルームの向こう側に居ると言う矛盾を乗り越えられること。
そんな企画を実現すべく河口湖スタジオへ本番レコーディングの二日前から入る。
スタジオのSSLコンソールを使うアナログ方式は全て捨てて、全てをProTools内で完結させる為に使い成れた自分のシステムをまとめて持ち込む。Mac, Audio Interface, Speaker, Speaker Switcherやら何やら普段使用しているものを一切合切。それプラスアンプ等バンドの楽器、自分のギターやエフェクターやら。山のような荷物を引越さながらに運ぶ。
今回僕の片腕(僕は片耳と呼んでいる(笑)=何故なら年齢的に僕は高い周波数は聴き取れなくなっているので高い成分に問題が無いかを彼女に聴き取ってもらう必要がある。そしてアイデアや方法なども相談できる相方として)中崎文恵さんとスタジオに昼過ぎに到着。スタジオアシスタントの藤浪君に簡単に今回の企画・方法を説明。
今回はエンジニア3人での分業。僕が全体の最終的な音作り。中崎さんがその音に対するアドバイスと補佐及び録音当日はチーフエンジニアとして卓の前に坐る。藤浪君が録り側、つまりマイクからProToolsまでの音の制御を担当。
SSLは録り用のフェーダーしか使わないのでSSLの少し手前にコンパクトなスタジオを設営。Euphinox MC Mix+Control、ディスプレイモニター、モニタースピーカー(GENELECの1029A。サブウーファー1091A+ECLIPS TD307PAII)を正面にセット。左手側に MacPro, Apogee MiniME,+MiniDACなどをセット。右手にNovation 61SL MIDIキーボードとDigiTech Studio Vocalist, KORG KAOSS PADをセットしてスタジオ側は完了。
次々到着したメンバー、まずはドラムのホシヤンの位置決め。
スタジオ内の様々な位置でをスネアを鳴らしながら音をチェック。広いところでやるのも興味があったが歌も同録の為と音のことを考えドラムは一番端のブースに決定。
ドラムセットを組みマイクをセット。手の空いている隙に自分のアンプ、エフェクター、ギターなどをセット。ボーカルの立ち位置、ベース、キーボードの位置も決め、各自セッティングを開始。
今回はアップライト・ピアノも使うためピアノの蓋を外しマイクをセット。
ベースはエレベとウッドベース両方あるのでベースアンプは前室にセット、ウッドベースは皆と同じ広い部屋にマイクをセット。
キーボードも今回はエレピにフェンダー・ローズを使い、グロッケンもある為それぞれマイクをセット。
ギターアンプには二人とも(たっくら=Matchless Lightning15。僕=1958年製Fneder Deluxe)コールスのリボンマイク→apiのHAと言うセッティング。二人とも音量・音圧小さいのでリボンマイクでも安心。
全てのセッティングが終わり、ドラムの音決めを開始できるまでに4時間程。すでに大変!
ドラムセットはホシヤンが最近手に入れた 1960年台中期のレッドスパークルのRogers Holiday Set。素晴らしいビンテージドラム特有の鳴り。スネアも色々試しつつもロジャースの2種類に決定。音決めも順調に、いい音。
次ぎにベースをウッドも含め全部チェック。ギター、キーボードも順次音決め。
やっと全員で演奏できる。まず手始めに「neon」を録音してみる。
各楽器単体の音はどれもすごく良いのだが、混じった結果いまひとつしっくりと来ない。
あ~でもないこ~でもないと色々試してみるが釈然としない。
その後数曲録音し、ミックスバランスをある程度整え夜10時頃に終了。
それからが大変!当然(?)宴会モードに入り、それをustreamに流しながら大騒ぎ。僕は2時くらいでダウンしてしまったがみんな4時頃まで騒いでいたのでは?
翌朝チェックするとそのオゾマシイ映像がustreamにアーカイブされていたので残念ながらも削除(笑)。
翌朝8時半にスタジオに一人で入る。既にキーボードのオットーが音作りを初めている!
昨夜録音した曲を何度もプレイバックしながら問題点を探る。問題点を発見!ドラムのマイクの位相関係。自分自身でのドラム録りのエンジニアリング経験はとても浅いので起こしがちな素人エンジニアの大失敗。やっと全ての音が落ち着く。ホっと一息つきながらも本気ミックスモードに入る。
遅い朝食を取りみなでスタジオへ戻り、録音開始。
2テイクくらいづつ録音した曲を次々ミックス。
当初のプランでは初日に全曲録音し二日目は丸一日ミックス、3日目に最終確認をし本番に望むはずが、二日目終わってもまだ3曲録音できていない状態。
中崎さんは残業しもろもろ明日への準備。
少し焦りが入りつつも結局その夜も大騒ぎ!カメラマンNojyoさんのust番組からオンエアしながら、歌い弾きまくり・・・アホですこのバンド。明日本番なのに・・・などと冷めた頭もどこかへ置き忘れて一緒に大騒ぎ。
明日はどうなることやら。
三日目の朝。8時半にスタジオに入ろうと思っていたが起きられず20分遅刻。
早速録り溜めた曲のミックス開始。遅い朝食で一休みし、まだ録っていない曲の録音に入る。しかもまだ一度もやったことのないアコースティック曲のリハーサルもある。
慌ただしくマイクをセットしアコースティック・セットへ。
そうこうするうち映像のKampsiteスタッフも到着しカメラのセット等準備に入り出し、スタジオ内人数も増え一気に慌ただしくなる。もはや誰がどこで何してるのかわからない状況の中最終ミックス、調整を行う。
Sound & Recordingマガジン編集長國崎さん、一口坂スタジオ荒木さんも合流しいよいよ本番が近づいて来た。皆が見守る中最後のアコースティック曲のミックスをする。
話しが前後してしまうが、今回の方式。一旦テスト録音した音で先にミックスを済ませ、そのミックス・データ(オートメーション含む)に乗せてバンドが生演奏をするという、いわば逆転レコーディング。当然CPUへの負担も大きい、レイテンシーの問題で演奏がやり難くもなる。その2点が最大の問題点であり危険要素でもある。
開始時間ぎりぎりに衣装(今回はデザイナーのsuzukitakayukiさんにご協力頂きました。この場で感謝させて下さい。とてもステキな服です)に着替え、20時ustreamオンエア開始!
まずはサンレコ國崎さんとの対談からスタート。今回の趣旨、特殊性などを見ている方に簡単に説明。
その後最終チェックをしいよいよ演奏開始。
1曲目は「ame」。
緊張とプレッシャーの中テイクワンOK! が、僕は一箇所だけソロの経過音を半音ミス!!
ま、パンチインで直せる部分では無いので仕方ない。(後で聴いたら全くわからない間違え)
2曲目「忘却」3曲目「commentator」・・・と順次録音。
その間ustreamには嬉しいコメントがたくさん寄せられて来る。まさにライブな感じだし、見ている人達と一緒に作り上げている気持ちになって来る。前回のThe d.e.p.の時もそうだが、そこがust生中継レコーディングの醍醐味になって来た。
曲によっては何度もやり直したりして、思いの外時間が掛かってしまった。
11曲だから1時間半くらいで全部録れるかな?と軽く思っていたのが結局5時間半ほどの長丁場。
それでも終始笑いながらにこやかなメンバーとKampsiteスタッフ、CircularToneスタッフ、終始冷静にハンドリングしてくれたエンジニアの中崎さん、藤浪君に囲まれ全曲レコーディング終えることができた。
たった5時間半で全11曲のアルバムレコーディング、もちろん初の体験だ。アルバムレコーディングとして自分の中で過去最短時間だったのは The Blue Hearts の「Young & Pretty」で確か5日間。それと比較しても異様なスピード記録。
連日の作業と寝不足のせい(宴会のせいだ!)もあり、途中さすがに疲れてしまいギターを弾く腕が動かなくなったり爪を割ってしまったり。でもustreamを見ている方達の書き込みにも後押しされ最後までちゃんと演奏に集中することができた。
終わってみて、改めてメンバーを見直した。すごいバンドになったと思う。まずはメンバーに感謝!
無謀な企画だったが得るモノも大きかった様に思う。
もうこんなレコーディングをすることはまず無いだろうが、一個人の思いつきに大勢のスタッフ、メンバーが協力してくれて、累計14,500人を超える方達にustreamの中継を見守っていただき激励され、温かい言葉を寄せていただました。この場を借りて心から感謝します。
引き続きミックス、リリースへ向けての動きが次々と待ち受けている。
がんばるしか無いね。
Goodnight_to_followers(http://twaud.io/users/masahidesakuma)と名付けて2月から毎晩寝る前に作り始めた通称「おやすみ音楽」が今夜で丁度半年を迎える。180夜超、すでに180曲超を作ったことになる。
作ったと言っても正規な意味合いの作曲行為では無く、その多くは即興的な演奏。アレンジと言える程ではない成り行き任せの音の配置。
久しぶりにそのアーカイブを聴いてみた。もちろん180曲も聴いている余裕は無いので、ここ最近のもの達を。
普段はネットにアップした後確認の為一度聴き、それ以後はほぼ聴き返すことは無い。
そんな自作の楽曲達をまとめて聴いてみる。
作っている時に感じている以上に、どの曲も真剣だ。思ったよりずっと真面目な演奏をしている。
聴き返しながら、その音の端々に過去に自分が見てきた”景色”(風景の意味では無く)の様なモノが垣間見える気がした。
自分が辿ってきた半世紀以上の人生。その間に見・感じ・思い・聴き・聞き・触れてきたたくさんの”景色”の数々が音を組み立てている様に思う。
「そうか、音楽ってそういうことなんだな・・・」とまた改めて気付く。
オリジナリティとは、決してメロディや楽曲の組み立てや音色等の事などでは無く、その人間の生き方なのだろうと。早川義夫さんの「いい音楽はいい人間にしかできない」と言う言葉、やはりその通りなんだな。
*d.e.p. は "doggie eels project" の略。doggie eel=うなぎ犬=ありえない組み合わせにより突然変異的にできてしまったモノと言うニュアンス。
突然の The d.e.p. 再始動!
それ自体はとても嬉しい。何年経って再会しても必ず楽しいメンバー。なのだけど、今回は気持ちが複雑だ。
再始動の理由は、オリジナル・メンバー、ベースのミック・カーン(Mick Karn、ex.JAPAN)の癌の発病。
http://www.mickkarn.net/ (HPから援助ができます。是非お願いします)
PLASTICSで出演した 6/5 頂フェスの日の朝方のニュースで知った。一日心が激しく揺らいだ。屋敷豪太と何か援助できることは無いだろうか、と話し。その場で豪太君が土屋昌巳に連絡。
数日後3人で会い、僕らに何ができるかを話し合った。
ならば同じバンドのメンバーとして The d.e.p. としてやろう。と言い出してくれたのは土屋君だった。感動した。泣きそうなほど嬉しかった。
ビビアン・スーにすぐ連絡を取ろう!とあちこち連絡網を駆使し、幸い連絡が着いた。
運良くビビアンが来週には日本に来ると言う。
その日、レコーディングの現場を早抜けしみんなに会いに行く。
数年振り(多分7年?)の出会い。でもその時間差など何も感じさせない再会。
こんなチャンスをミックが作ってくれた。嬉しさとセツナサが同居する瞬間。
とりとめも無く話し、とにかく再会を喜び、一緒にまた音楽をできることを素直に喜ぶ。
いいバンドだったなぁ、と改めて思い返す。とにかく温かいバンドだったことを。そして、こんなに仲が良かったバンドを経験したことは無かったことも思い出す。もちろんミックも含めて。本当に家族の様な温かさにいつも包まれていた。
そんなバンドが特殊な事情・目的とは言え再始動できた。
今日、制作を開始した。土屋君がミックに送る素晴らしい歌を作ってくれた。僕もビビアンに歌ってもらう歌を一曲。
早くこの音をミックに届けたい。そしていつか必ずまた参加してもらいたい、と切に願う。
We love you, Mick!!
その思いつきは突然に突拍子もなく訪れた。
「レコード会社を始めてみよう!」
ごく自然に思いついた。
レコード会社などと書くと僕の様な世代の人間にとっては社会的にも会社規模も含め到底個人レベルの力などでは始めようの無い一大事業に思ってしまうのだが、ふと周りを見渡してみればそんな考えはもはや過去の妄想なのかも知れないと気づく。
小さな小さなレコード会社を始めてみよう。
世間の常識からかけ離れていようが、経済原則から外れていようが、何考えてるんだと後ろ指を指されようが、アーティストを信じ彼らの・自分の持つ、創造・創作への情熱と自由を守ることなら最低限できそうだ。
誰も自分達の音楽を掬ってくれない守ってくれないなら自分達で創ればいい。
音楽業界の中で35年も働き続けて来て、今頃になってやっとこんな単純な子供じみた答えに辿り着く。
自分の半生を振り返ってみる。
果たして僕は・彼らは音楽家として自由にのびのびといつでも音楽に向き合い創作して来ることができたのだろうか。残念ながら答えは否だ。
僕の仕事は音楽と言う産業の中にある。経済原則の上に乗った産業である。すると音楽とは金銭的価値を産み出すことのできる芸術活動だけを指すこととなる。その中ではもはや音楽の本来持つ自由、自由な創作その自由な表現すら制約されざるを得ない。それ自体は決して悪では無い。間違ってはいない。経済的活動だからだ。
でも自分自身自由な立場の音楽家として自分の活動を思い返してみると、それほど自由では無かったなと思う。
経済原則の上に無い音楽活動と言うモノを想定してみる。
とりあえず著作権だ何だと言うヤヤコシイ事項も度外視してみる。単純化するために。
まず自分の思う「いい音楽」をひたすら作る。発表の場を考え自由に発表する。
なるほど簡単だ。いつでもCDを作れる。毎日でもネットにアップロードすることだって出来る。ライブもできる。何でもできる。そう、とても簡単に。
「お金にならないだけだ」
いつの間にか音楽にはお金が付き物(いや憑き物?)になってしまった。
お金になることを前提としている音楽活動がある。先にも書いたようにそのこと自体を間違いとは思わないが、前提にされていることにちょっと違和感を感じる。
音楽の価値は決して金銭では無い。そんな当たり前の恥ずかしい様なセリフだが、その理想を現実のものとしながら音楽活動をしているレコード会社を見たことは無い。
ならばそんな発想のままスタートしてみよう。
この春に偶然、そう全くの偶然の上で4つのバンドが出会い一緒に関西ツアーを行った。たった3日間ではあったが、そこで得た刺激・感動は計り知れないほど大きなものだった。
Cojok
hachi
タイフーン・ミニスターズ
そして unsuspected monogram
言わばどこにも引き取り手もいないような音楽家達。でもこの上なく出色の音楽達。4つとも全く違う音楽性なのにどういうわけだか強く惹き合えた。
この4バンドでレーベルにすることができたら、と思いついた。
素晴らしいアイデアだなと興奮した。みんなで助け合いながらみんなが自由に音楽活動を続けていけたら。
今は誰もその音楽でお金など得られない。でもそんなことは後から付いてくればいい。
レコード会社を始めよう。
僕らの作り出す音がいつまでも永遠に循環できる様に『CircularTone records』と名付けた。
2010年6月
レコード・プロデューサー
CircularTone records 代表 佐久間正英
昨日までの3日間、毎晩twaud.ioにアップしているおやすみ音楽シリーズ "Goodnight_to_followers" の作品として初めて VOCALOID を使ってみた。
http://twaud.io/SSY , http://twaud.io/SY5 , http://twaud.io/Sh8
ネット上での反響の大きさにも驚いたけれど、僕がボーカロイド(以下ボカロと略)を使ったことがとても意外と受け取る反応が多かった。多分職業プロデューサーとして見られているからなのか。自分としては音声合成ソフトの初期から音楽に取り入れたりしているのでその反応が意外だった。古くはポンキッキの音楽、PLASTICSのラフトレード盤でのSpeak & SpellによるCOPYや、コンピューター上のソフトウェア音源としては、もう名前も忘れてしまったけれどずいぶん古くから試していた。
僕のシンセサイザー歴のスタートも実はEMSを使っての人声シュミレーションからスタートしている。四人囃子初期の話しなので1975前後。
さて話しを戻してボーカロイド。最初の情報を得たのはいつだろう?もちろんすぐにも飛びつきたかったのだが、時間があまり割けそうになかったことと Windows上でのアプリケーションだったことでなかなか試すこともできなかった。初音ミクも発表された時からすぐにでも使ってみたかったしその時点で試したいアイデアも色々あったのだけれど、やはり上記の理由で出会えないままでいた。
瞬く間に初音ミクは超売れっ子アイドルとなった。予想した通り、いやそれ以上の人気タレント扱いとなった。僕は始めの頃多少聴いただけだが、ネット上には彼女の声が溢れているようだ。
それがtwitter上でのちょっとしたやりとりから簡単な道が見つかった。MacでもWindowsのエミュレート上で動くことを教えてもらえた。なるほどあまりに簡単な道で考えもしなかった。と言うか例えMac上でもWindowsを動かすこと自体に抵抗はあったのだが。
ともかく、すぐに注文をした。選んだのはボカロ3代目アイドルの巡音ルカ。理由は唯一バイリンガルであること、大人しめな声なのも気に入って。
インストールしたその日に作ったのが1作目「春が咲き」(仮タイトル)という曲。先日の unsuspected monogram の関西ツアー最終日にhachi のボーカルハツエさんと共作した作品。その日のGoodnight_to_followersとしてアップされている。http://twaud.io/5wd
真っ先にやってみようと届く前から決めていた曲。結果は予想通り。音楽的に使える。インターフェースに改良の余地は感じるし、声の移り変わり(発音の)にギクシャク感はあるが、決してイヤな感じ・不快な感じと言う程ではないと感じた。昔のアナログ時代のハーモナイザー処理に似た感じとでも言おうか。80年代にアイドルもの仕事で多用したアナログ・ハーモナイーザーでのピッチ補正やメロディの補正時の記憶が蘇る。
二日目に試したかったテーマはブルース。もちろん意図的に”無機的な”ブルース。1970年代初頭(四人囃子以前)に思いつきずっと試してみたかった真面目な遊びのアイデア。40年かかってやっとできた遊び。
前半はバックもバカバカしい程の機械的演奏。と行っても昔のCV/GATE時代の様なリズム感=遅延の無いジャスト感はMIDI以後出せなくなってしまったが。
それが間奏のギターソロが入るとそれだけで趣が変わって来る。あえてオケとかけ離れた激しい歪みきったギターを弾いた。このギターのオブリが乗ってくるとルカの声の表情がそこまでと変わって感じる。そこまでは全く何の処理もしていない”素”のルカの声音。そして最後のコーラス、バンドは突然生演奏になる。ルカの声も通常のレコーディングと同様の処理。コンプレッサーのかけ具合もEQ処理も通常自分でミックスする時の方法、セッティング。軽くディレィをかけて艶っぽく。
当たり前だがそこまでのルカと存在感が変わる。急に生々しくなり、同時にそれが嘘くささを目立たせる、と言う興味深い実験。
三日目。今度はそれまでとは別のアプローチ。何かと言えば、巡音ルカさんと言う歌い手のために書き下ろした曲・詞で作品を創った。出会って3日目にして”その気”になれた。
"FALL" とタイトルをつけた楽曲。
当たり前なのだが”彼女”はその楽曲にちゃんと応えてくれる。生き生きとノビノビと歌う。実は時間が無いのであまりきちんとしたエディットができていないのが残念だが、もっと踏み込めばさらに良い歌い手として応えてくれるだろう。
自分としては予想以上の素晴らしい作品が出来上がったと思っている。
http://soundcloud.com/masahidesakuma/2010-04-20mix ←で44.1K/24bitでダウンロードできます。
「そんな機械に唄わせて何が面白いの?」「気持ち悪い!」と言う声もまだ多いかとも思う。それも至極もっともな感覚だ。
でも自分は一人の音楽家として何の偏見も無く、素晴らしい技術・進歩として喜んで”彼女たち”を音楽制作の現場に迎え入れたい。
3日間を通して短い時間ではあるけれど充実した貴重な音楽体験ができた。ボーカロイド技術の素晴らしさ、将来への期待を含めてtwitter上で開発陣に賛辞を送らせていただいた。
昨夜14日は大阪雲州堂にて”CRYSTAFIR"と名付けられた Cojok のファーストアルバムリリースワンマンライブ。CRYSTAFIRは「A FIRST CRY」(多分産声のこと?)を解体した造語らしい。
前の晩はゆあさみちるちゃん(『ひととせ』として活動中のボーカリスト。今配信しているGLAY "APOLOGIZE"でも歌っている)と初めて高円寺の one へ。長い付き合いのoguri君の店、ずっと行きたいと思っていたのだけど中央線沿線はあまり行く機会が無く延び延びに。 駅で待ち合わせ、いざ行かん、と元気よく歩き出したがどういう訳か道を間違えて全く反対方向へ。その後向きは直したけど今度は遙か通り過ぎてしまったり。普段道に迷うことなど無いのだけど迷惑かけました!to みちる。
onekoenjiは雰囲気のいいとても楽な感じのお店。今度ライブやらせて下さい。
みちるちゃんと久しぶりにたくさん語り合い楽しい夜。
みちるちゃんとはもう長い付き合い。確かまだ17才の頃。人の紹介で歌を聴かされ衝撃!すぐに連絡を取ってもらいスタジオで初顔合わせ。その時の歌にさらにオドロキ・・・何だかんだ長い付き合いになってきている。二人でblue et bleu と名付けたユニットもやりかけのままだけど。何年かかろうとそのうち形にできれば幸い。素晴らしい作品になるはずだから。
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終電近くに駅で別れ新宿ワシントンホテルへチェックインしすぐにおやすみ音楽(Goodnight_to_followers 2010.04.13)をtwaud.ioへアップ。元はだいたい出来ていたのでさほど時間はかからずに就寝。
翌朝大阪へ向けて旅立ち。
以前はしょっちゅう来ていた大阪。演奏しに来る以外で訪れるのはしばらくぶり。大阪駅は大規模な改修工事中。
ホテルにチェックインし、しばし譜面書きとおやすみ音楽作り。ほどなく僕の唯一のベース弟子マナちゃんが来訪。久しぶりの再会。たくさん話しができた。いつも明るくキュートなマナちゃん。ともかく一生懸命頑張っている様子で何より。
それからリハスタ帰りのhachiと合流し雲州堂へ向かう。
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雲州堂に併設されている Dining IORI でtyphoon ministersのシライシさんと待ち合わせ。
積もる話しをたくさんし、いよいよCojokの本番時間。
雲州堂に入る。すごく素敵なスペース。今度早川義夫さんと大阪に来る時にはここで演ろう!
Cojokのライブ。あまり言葉にしようも無いのだけど、当たり前の様に素晴らしく感動的なパフォーマンス。みんなでうっとりと見とれる。
すると聞き覚えのあるピアノ音の曲が始まる。終演後流れたテロップで初めてわかったのだが僕のGoodnight_to_followersの中のピアノ曲をコラージュして作られていた楽曲。ありがとう!あのピアノにどうしてあんなメロディが浮かぶのだろう?すごい。
一時間半のセットはあっと言う間に終わってしまい、楽屋から下りてきたAse君Kcoさんと打ち上げ。
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それから Cojok,hachiと一緒に一旦ホテルに戻り、おやすみ音楽制作とアップに付き合わせる。
無事できたので皆でまた街へ繰り出し、結局明け方まで。本当に楽しく充実した時間を過ごせる。仲間になれたのだろうな。
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きっとこれからみんなで助け合い励まし合いながら音楽を続けて行ける関係になれた様だ。ステキだな。
今日(いや既に昨夜)は国立地球屋で早川義夫さん、熊坂るつ子さんとのライブ。
国立、相変わらずオシャレで素敵な雰囲気。広い通りには満開の桜並木、Kinokuniyaあり、おしゃれな雑貨屋さんなどが並び、モスバーガーまで素敵な佇まい。
相変わらず・・・と言っても、実はおそらく50年ぶりの国立。
子供の頃親戚の様な(微妙な関係)一家が国立に暮らしていて(今日の地球屋のすぐそばだったと思う)よく遊びに行っていた。書くと長くなってしまうし、先方が歴史上(?)の有名人なもので色々支障がありそうで書けないのだけど。簡単に記せば「とても数奇な運命を辿った一家」ということになるのかな。
当時ハーフの姉妹と大の仲良しだった。お母さんが乗っていたのは小さな日野ルノーという車。その小さな車内に仲良く相席し語らっているのが大好きだった。おそらく幼稚園(僕は行かなかったが)くらいの年齢かと思う。可愛い白系ロシアのハーフの娘達に初めての淡い恋心を抱いていたのかも知れない。
そんなことを思い出させられる街、国立で初ライブ。
ライブ前の待ち時間に早川義夫さんから twaud.ioに毎晩載せているGoodnight_to_followersに関する質問が。
「タイトルはつけないの?あれば、あの曲って言うのがもっとわかりやすいのに」と。
確かにそうだと思う。それを考えてみた時もある。
でも、やはり気恥ずかしい。と言うか言葉の強さが音を越えてしまうことを機具してしまうのかも知れない。
音楽に言葉でのタイトルを付ける。普通なことだけど、それによって音楽は音自体の行き場・向かう先と関係のないところに意味づけられ、そこから逃れることが難しくなってしまう様に思える。
例えば「春」とつける、その楽曲は”春”の響き・イメージから逃れられなくなってしまう。かと言って 2010.04.10 はあまりに不親切だ。
でも・・・と、ふと思い当たる。そう、この楽曲達は一過性で良い。一晩だけ咲いている花のようなものだ。だから時間が経ち、誰かがあの楽曲は!?とタイトルなど思い出せなくていいものなのではないか?その日その場で生まれ、そこに消えていくもの。音楽って実は本来そういうものだったのではないだろうか、と妙に真面目に考えてみたりする。
音は音の実在など残らなくてよい。その感触だけが心のどこかにフワっと漂ってくれれば。そして、それすらいつか消えて行ってしまえばよいのだと。
あの二人姉妹、今どこでどうしているのだろう?日本には居ないようだけど・・・。
twitterのおまけ機能(?)の様な twaud.io に毎晩「Goodnight_to_followers」と称して”おやすみ音楽”作りを始めてから、今夜で50作目。
もう50作でもあり、まだ50作でもあり。
始めるまでは帰宅して酒を飲み、ネットをしたり何となくダラ〜っと普通に過ごしていた寝るまでの時間帯。そう、”普通に”過ごしていたリラックスタイムが一変。帰ると追われるように音楽作りを始める。今日の音楽はどんなのにしよう、とあれこれ考えながら録音準備をし。ある時はピアノに向かい、あるいはギターをケースから取り出し。MacBookや周辺機器を用意し制作体制に入る。
多少の試行錯誤はあるけど幸い”何か”が生まれて来る。何か得体の知れない感覚の中、眠い目をこすりこすりし楽器を弾き。プレイバックを聴きながらうたた寝をし。どうにかアップロードするまでの得難い緊張と集中の時間。そして今夜もかろうじて完成する。
疲れている、眠い、アイデアが浮かばない等以外の圧倒的な障害は、仕事がら昼間から夜まで音楽作りの現場に居ること。ずっと音楽制作をし続けている上に帰宅してのんびりすべき時間にも音楽作り。昼間別の事をやっていればずいぶん楽なのになぁと思う。
そんな夜を50日。我ながらよくガンバッタと思う。
さて明日で終わるか来年もやっているか?自分への挑戦の日々を楽しもう。
先日の関西ツアーで共演し、心底感動しショックを受けた Cojokのアルバム「CRYSTAFIR」を聴いた。
実際には大阪からのドライブ中に車内でかけてはいたのだが、帰ってからは意図的に聴かないようにしていた。あまりにライブでの印象が大きかったこと、その後Cojokと連絡を取り合いこの先の話などもして行く中でどこか冷静に聴けない気持ちがあったのも理由だ。
そのアルバムをやっと今日自分自身に”解禁”した。
少し時間を置いて冷静に聴いてみる。やっぱりまるで当然の様に素晴らしい音楽。新しい発見は M-4 "The Molody I Will Hum" の様なフォーキーでシンプルな楽曲の素晴らしさ。そして全体を通してメロディの完璧なほどの美しさ、歌詞の深さ等々。新たな発見・感動がある。Ase君の作るバック・トラックに関してはライブとそれほど大きな印象の違いはないが、緻密な完成度の高さはスゴイとしか言いようがない。
ただ、あえて言ってしまえば(これも当然なことなのだろうが)ライブの方が更にスゴイ!
2010年、知っている限り自分にとっては最高のグループだと言い切って過言では無い。何故こんなすごい人達があまり知られることなく密かな活動になってしまっているのか。そのことの方が驚きだ。どうしたらもっとたくさんの人にこの音楽を届けることができるのだろう?と余計なお世話をずっと考えてしまう。
さて、ライブ初日のリハーサル時。初めてKcoさんの生の歌声を聴いて咄嗟に思いだしたのが "dip in the pool" の甲田益也子さんの歌声。今日アルバムを聴いてみてもやはり同じ質感を感じる。Cojokの二人は dip をご存じ無かったが。
dip in the pool は1985年にデビュー。デビュー時から確か4枚目のアルバム「Ratinae」まで関わっていたのかと思う。ボーカルはモデルとしても今も第一線で活躍している甲田益也子さん。キーボード(作・編曲)に木村達司君の二人のユニット。アマチュア時代のデモテープを聴きすぐに一目惚れ、そのままデビューまで突っ走った。ライブにもよく参加していた。僕のソロ・アルバム「in a garden」(1991)は木村君によるプロデュース作品。
dip in the pool も決して忘れることのできない素晴らしいグループだった、と過去形にしてはいけないのだろう。先日久しぶりのライブがあったが仕事の都合がつかず見に行けなかった。とにかく日本人離れをした音楽性、木村君のトラック・メイクの類い希な能力、甲田さんの透き通った(まさにそう呼ぶに相応しい歌唱)ボーカル、意味の深い歌詞。そして英語詩とその発音の響きのキレイさ。
と書いているだけで、Cojok と酷似している。
時代を超えたこの二組。共演なんてことできたら本当に素晴らしいのに。
日本の音楽シーン捨てたもんじゃない、と思える才気溢れる人達と出会える幸い。
これからもこういう出会いがたくさん訪れる人生でありたいな。
unsuspected monogram の1st. CDが出来上がって来た。[ ámé ] と言うCDタイトルは一曲目の曲名から。
[ 自主制作盤。販売はまずはライブ会場及びホームページ(予定)にて ]
ベーシック・トラックを録音したのはすでに一昨年のクリスマス。その後少しずつのんびりと形にし、最近やっとミックスを終えマスタリングをしたCDが昨日納品された。
こんなに時間を掛けて録音作品を作るのは希だ。と言うか初めてだ。
理由のひとつはメジャーでは無いので、リリース時期もタイミングも特に決まっていないこと。それと「本当にこれでいいかな?」といつまでもどこか踏ん切りが付かなかったこともあるかも知れない。そして今回一番自分にとって大切だった理由は、じっくり納得できるまで少しずつ作り込む音楽制作を追求してみたかったことだ。
音楽の仕事を始めて早35年ほど経つだろうか。その間、音楽を作ることが”仕事”なので当然仕事には締め切りも予算も色々な計画なども絡む。全てがタイムライン上で進行する音楽制作になる。
よほどヒットしたアーティストですらこの流れの制約からはなかなか逃れられない。彼らもまた仕事として音楽を選んでいるから。
しかし音楽を商業から外れて芸術的制作物と捉えると事態は全く変わる。
できる時にできる事を地道にやって行けばよい。期限など要らぬ。お金に換える必然も無い。自分の中の制作(創作)の衝動とだけ向き合って進行させればよい。
幸いにして、同時に不幸にして。音楽家としてある程度の実績と成功を得たが故に、ほぼ全ての関わる音楽制作は”仕事”として成立させざるを得なかった。やっている内容はもちろん創作的活動であり、決して卑下されるべき音楽では無いと思うが、例えそうであっても仕事としてのタイムライン上にあることはいつも明確だ。
ずっと音楽の仕事を続け、そこだけはいつまでも葛藤が残る。
話しが長くなってしまうので端折るが、そんなことが今回の unsuspected monogram の制作の基本方針として自分の中にあった。
このバンドは商業には結びつかないかも知れない。でも自分達で自分達のいいと思える音楽その方法を自由に手にすることだけはできる。そのために始めたようなものかも知れない。
長時間かけ自分でミックスした。現代のテクノロジーのおかげだ。いつでもやりたい時に前回やった作業の続きを始められる。過去のスタジオでは考えられなかった自由がある。この方式はさっきも述べた理由で仕事ではなかなか使えない自由な流れの作業だ。
そしてマスタリングを初めてやった。いいか悪いかはわからない。自分ではいいかなともちろん思っているが。
バンドのコンセプトを考え、曲を書き、演奏をし、ミックスをし、マスタリングもやり。その全ての流れを自分でプロデュースした。プロデューサーになって30年ちょっと、やっとここまでできるようになったのかなと思う。
すごくいいバンドのすごくいいCDができた。Thanks for SO-kun !
