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The Party 60 無事終了

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昨夜のThe Party 60 出演者、来て下さった方々、ゲストの方々、スタッフの方々、終演後のパーティバンドの方々本当にありがとうございました。心からお礼申し上げます。
昨夜の出演者(出演順:敬称略)です。
1. Violent Is Savanna
2. ウラニーノ
3. Hysteric Blue (Tama、たくや、若菜拓馬、力石理恵、佐久間正英、人時)
4. dip in the pool+佐久間正英
5. 早川義夫+佐久間正英、根岸孝旨、そうる透
6. unsuspected monogram
7. n'夙川Boys + 佐久間正英
8. GLAY + トシ永井、佐久間正英
9. TAKUYA + そうる透、佐久間正英、Tama、若菜拓馬、佐久間音哉
10. PLASTIX (Toshio Nakanishi、リンダ、TAKUYA、佐久間正英、屋敷豪太、佐久間音哉+立花ハジメ)
計10組(たくさん佐久間が入ってますがw )総勢33名のミュージシャンによる5時間近いライブイベント。どのグループも最高だった。

終演後は会場でそのままパーティ・セッションタイムへ。

トップバッターに、見に来てくれていた Over The Dogs に僕が無茶ブリをして一曲。ドラマー不在のため急遽ウラニーノのドラマー小倉君が参加。楽しい演奏ですごく良かった。
二番手にはViolent Is Savanna+TAKUYAによるジュディマリの名曲「ラバーソウル」。イントロのTAKUYAのギター始まるなり会場は大盛り上がり。
思わず「おー!ホンモノだ〜!!」と叫んでしまった。(笑)
Tamaちゃん、ウラニーノとともに最前列カブリツキで盛り上がる。ボーカルの星花が感極まって歌ってる姿がすごくステキだった。夢って叶うもんだね。
そして3番手は、高橋まことを呼び込みBOOWYの「Dreamin'」大会。
ギターにTAKUYA、若菜拓馬。ベースが僕。そして何とボーカルはウラニーノの小倉君と言うとんでもない組み合わせでのドリーミン。小倉君のバックでコーラスを歌うTAKUYA。相当レアな場面。

大騒ぎの夜の締めくくりに"ゆあさみちる"をステージに呼び込み「おやすみ音楽(Goodnight_to_followers)」公開録音。曲は以前ボカロで作っていた「Close my eyes」みちるちゃんの伸びやかな歌声が会場に響いていい雰囲気の内に終幕。
*ゆあさみちると僕で ”blue et bleu" というユニットとして近々制作に入る予定。

ところが、まだ怒濤の夜は終わらず2次会へ。
TAKUYA、ウラニーノ、unsusたっくら達と結局朝まで呑みまくり語りまくり。
久しぶりにTAKUYAとたくさん話しができたのが昨夜の大きな収穫だった。

たくさんのいい音楽を見、聴けた夜。同時に色々考えさせられたり学ぶこともできた夜だった。
最後に一言。
「マーヤ最高〜!!」

ECの思い出

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昨夜コンパスポイントスタジオの事を書いてエリック・クラプトンを思いだしたので記しておこう。

当時PLASTICSの僕以外のメンバーは「クラプトンて誰?」なくらいロックレジェンドには無知だったけれど、ともかく偶然クラプトンご一行様とレコーディング期間中一緒だった。(当初の予定ではポール・マッカートニーと一緒になるとの噂だったので、それと比べれば「クラプトンて誰?」である)

確か「Another Ticket」として後に発売されたアルバムのレコーディングだった。

いくつかの思い出が。

*見るからに上品なイギリス紳士だったこと。

*そのくせスタジオ・ロビーのサッカーゲームには熱くなること。
(PLASTICSはいつも敗戦)

*朝早くから一人でスタジオでTR-808のプログラミングをしていると後ろの壁にもたれて腕組みをし無言でずっと僕の作業を見つめていたこと。何を思っていたのだろう。質問をされたことは確か一度も無かったけどいつも見に来ていた。

*当時PLASTICSのローディだったNobumasa Uchida君がクラプトンに気に入られスカウトされかかった事。

*クラプトンの歴代のギターがずらっと並んだスタジオ・ロビー。片っ端から弾かせてもらったこと。もちろんあのブラッキーも。サイケペイントのSGも。

*クラプトンのアンプ(当時はMusicman)を勝手にレコーディングで使ったこと。
(プロデューサーのアレックスが「使っちゃおう〜!」と)

*そして…当時お世辞にもギターは上手とは言えなかったこと。
 ある日デビッド・クロスビー(だっだと思う)がスタジオを訪れクラプトンにアコギでフレーズを教えていた。多分彼の曲を伝えてる様子。ぶきっちょにたどたどしくクラプトンが何度も教わっていた。横でその様を見ながら「あらあら…」と思ったものだ。

*そして一番の思い出。
 ある朝スタジオに着くとクラプトンのスタジオから聞き慣れたギターの音がして来た。「もう誰か来てるのかな?」と覗くと、ピッグノーズのアンプでクラプトンが一人練習中。その音はまぎれもなく、あのEric Claptonの音だった。ピッグノーズから出ているとは到底思えない音だった。そして素晴らしいプレイだった。
 目から鱗だった。ひとつは前日までちょっと舐めていた(?)クラプトンのギターの底力。
 そして何よりも、音はギターやアンプでは無くその人本人から出て来ることを初めて知れたことだ。

ともかく。あの時のコンパスポイントでの日々は後の自分の音楽人生を大きく変えた。
TR-808との孤軍格闘。クラプトンのギター。終焉に向かい始めたPLASTICS。

そして僕のその後にとっての最大の出来事、プロデューサー:アレックス・サドキンとの出会い。初めて「プロデュースすることとは…」の本質を知ることができた日々。

ROLAND TR-808の記憶

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今日synth bar @代官山SaloonではROLAND TR特集の集まりがあった様で、是非伺いたかったのだけど伺えず、Ustで参戦を試みるも回線不調な様で参加できずでした。
で、懐かしくTR-808にまつわる記憶を辿ってみようと思う。

ROLAND社には四人囃子時代から色々お世話になり(丁度あのJCアンプが発表された時代)その後僕が四人囃子からPLASTICSへと移って行き、そこでROLAND CR-68, CR-78(改造版)と使い続けて行く中から出て来たたアイデアを当時の担当佐藤さんに色々相談をし、TR-808のアイデアが生まれてきた。

1) パラ・アウトであること。
2) リズムをプラグラミングできること。
3) 各楽器のチューニングができること。
等が基本的な僕の要求だったかと思う。

実際には僕のアイデアが元なのかROLAND社内の開発なのか、どちらが先かは今となっては定かでは無いが、おそらくほぼ同時にそういう時代の要求が生まれていたのだろう。

試作品(と言ってもまだ基盤に半固定ボリュームが付いてる様な状態)のチェックをしに大阪のROLAND社に行き、ああだこうだと開発の方と話しながら試してみた記憶がある。

その後製品版が出来上がるのと一緒のタイミングでPLASTICSの3rd Album『Welcome back Plastics』のレコーディングスケジュールが決定。早速TR-808の初号機(シリアル1番)を抱えナッソー・バハマのコンパスポイントスタジオへと飛んだ。
今にして思えば無謀なのだけど、マニュアルも何もまだ出来ていない初号機を持ち、CR-78等押さえのリズムボックスは何も持たずにナッソーに飛んだ。

ナッソーへと向かう機中と到着した夜に必死に操作方法を研究した。何せマニュアルも何も無いので、その前にROLAND社で試した基盤状態のモックアップを思い出しながら。

スタジオに入り、アシスタント・ベンジャミンとプロデューサー・アレックス・サドキンにこの機械を使ってのレコーディング方法を簡単に伝え作業に入る。
それまでのCR系と違いマルチアウトがとにかく楽だった。それ以前はバラ録りする為に自作のシンクボックスを使い、テンポ調整はSH-1のLFOでやるような状態だったのではるかに快適になった。

もちろん世界初のTR-808のレコーディング。操作性はまだまだだったけれど音は期待以上だった。その時のレコーディングで自分なりの808の音作りの”秘密”も手に入れりことができた。そのテクニックは今でも活かせる。

たまたまEric Claptonが隣のスタジオにレコーディングに入っていたのだけど、毎朝10時から一人で808の打ち込みをしていると、やはり朝から一人でスタジオに入っていたクラプトンが僕の後ろで腕組みをしながら「こいつ何やってんだろな〜?」とジっと見守っていたのがとても印象深い。

ともかくそんな感じで無事レコーディングは終わり、プロデューサー、アレックス・サドキンがその時作ったTR-808の音が世界初、そして僕が知る限り何も飾らない最高の808の音として残った。

-- 808 後日談 --

ナッソーバハマでのレコーディングが終わり、次のライブツアーで向かったロス。グリフィス・パークでB-52'sとのライブだったのだが、その翌日だったか(?)DEVOのマークの家に遊びに行った。
DEVOから噂はすでに聞いていたが、そこで初めてLinn Drumの現物を見、音を聴かせてもらった。その音を聴き、素直に
「あ…TR-808の時代は終わった…」と感じた。PLASTICSのレコーディングから一ヶ月も経たない話しである。
それでもPLASTICSは、その後解散までTR-808を2台使ったライブツアーを行っていた。
そして時代を経てTR-808が奇蹟の復活を遂げた。

-- Linn Drum 余談 --

そんな宿敵状態のLinn Drumだったが、それからしばらくして日本に入って来たのだけど、知る限りそれをポップスで使ったのは僕が最初だったかと思う。作品は近藤真彦「ミッドナイトステーション」。Linnでドラムパートをやり(当時は前代未聞なので)筒見京平先生にかなり白い目で見られた。

おやすみ音楽

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毎晩音楽を作りネットにアップし始めてから今夜で760夜、762曲。正確な数字は途中からわからなくなってしまったのだけど、ありがたいことにトータルでは多分50万超程試聴してもらっている。

一晩に1000を越す再生もあれば、40くらいしか聴いてもらえないこともある。それは多分音楽の質・種類だったり、何らかのタイミングだったりするのだろう。

たくさん聴いてもらえればもちろん嬉しいし、あまり数字が伸びないとちょっとはガッカリもする。
でも数字の延びなかった曲を後で聴き返してみても「あ〜、これじゃしょうがないよな…」と思った事は幸いない。自分にとってはどれもほぼ同様に「結構いいじゃん!」なのだ。

人の評価と自分自身の評価は時として相容れないのが当たり前で、それに一喜一憂はしても自分の信念・気持ちは何も変わらないものなんだなぁと思う。
こつこつと地道に続ける事、無駄な無理はしないこと、自分に正直であること…音楽を続ける事とはそんな事なのだろう。

幸いと言うか偶然と言おうか、今まで「これいまひとつだけど、今晩は疲れたしこんなもんでお茶濁しておくか…」などと思った事は一晩も無い。
でも多分いつか必ず訪れるであろう、自分で納得できない音楽しか作れなかった夜に僕にとっての「おやすみ音楽」は終わるのだろう。
(体力の限界は別として)

release

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今年6月(正確には5月末かな)に立ち上げたレコード会社CircularTone Records。
その後制作を続け、今月ようやくリリースに到達した。10月23日配信開始のThe d.e.p. に始まり、月末にunsuspected monogram。来月はそれぞれのCD発売に加え、Cojok、hachiの配信開始予定、とリリースラッシュ状態。

何もかもが初めてのことなので、スタッフ一同文字通りバタバタの日々。特にTK君。彼抜きに今回のリリースは100%不可能だったことを思うと、何て無謀なことを始めてしまったのか、と今さらながらびっくり。ほんとうにありがとう。


リリースはネット配信とCD販売の二本立て。
配信はまずフォーマット(mp3, ALAC, WAV, DSDなど)が多いので最終的な音ファイルの準備が大変。更に大変なのが色々なデータ。JANコードやらメタデータやら、何が何やら。僕自身は今でもよくわかっていないけれど、幸いスタッフが解釈を進めてくれた。
それと著作権関連も結構複雑。

CDの販売は来月からだが、そのプレス、印刷やらの準備もバタバタ。
仕入れた後は通常の商品販売なので(僕が人生で最も係わらずに来た世界)在庫管理やら何やら大変そうだ。とにもかくにもわからないことだらけの社長さんをやっている。

音楽を作る側のことはさすがに経験長いのでシステムが時代と共に変化しても概ね理解はできるのだけど、販売は未知の世界。スタッフに支えられながらどうにか一歩ずつ歩いて行くしかあるまい。
素直に、”届くといいな!”


The d.e.p.の配信は:
http://www.circulartone.com/the-dep-rainbow.html
http://listen.jp/store/album_ctrh49001.htm
http://mora.jp/package/50000005/CTRH-49001/
http://morawin.jp/package/60000024/CTRH-49001/
http://musico.jp/contents/artist_index.aspx?id=a12YZ4
http://music.e-onkyo.com/goods/detail.asp?artist=The+d%2Ee%2Ep%2E
http://itunes.apple.com/jp/album/rainbow-moon-smile-single/id398964498

http://n-a-u.jp/
http://ototoy.jp/feature/index.php/2010102200

などから。

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8/24からの3日間 unsuspected monogram のアルバム・レコーディングで河口湖スタジオへ行って来た。
今回のレコーディング、通常のレコーディングではなく突拍子も無いアイデアの元にスタートした。そのアイデアとは:
1) 全曲同時録音、一発録り。
2) アルバム全11曲をアルバムの曲順でライブの様に一気に演奏・録音する。
3) その模様を ustream で世界にリアルタイム配信をする。
4) その画像を後にPVやDVD等に使えるクオリティのものにする。
そして次ぎのアイデアが一番重要で一番難関となったところ。
5) そこで演奏し流される音(ustで)は通常のミックス作業をされた音=CD化(音源化)された時の音であることもしくは限りなく近いこと。(もちろん最終的な調整は必要なので100%同じにはできない。でも知らずに聴けば完成品の音になっていること)

レコード・プロデューサーとして30年超音楽制作に関わってきて、こんな興奮できる録音方法を思いついたことは無かった。こんなことを実現できるチャンスにやっと辿りつけた幸運。

実際にはわかりえないが、おそらくこんな方法でのバンドの録音は世界初ではないかと思う。ustreamの歴史の浅さを考えてもおそらくそうなるだろう。

ー それぞれのアイデア・プランの解説をすると ー
1)、2)
 自分で言ってしまうのは何だが、とにかく演奏力に関してはunsusは並みのバンドとは違う。実際いつ録音をやってもほぼワンテイクでオーケーを録れてしまうメンバー。しかもずっとライブで演奏して来た楽曲達、ライブ同様一気に演奏できないはずは無いと思えたこと。全員がその自信を持てるバンドだったこと。
 実際こんな無謀なプランをメンバーに話した時にも誰一人として反対することも無く「面白いやりましょう」と即決できた。

3), 4)
 Kampsiteのスタッフと知り合えたこと。共鳴しあえるところを大いに感じられたこと。
きっと素晴らしい映像を作り出してくれる、そしてそれを中継できる興奮。
 折角の一発録り、現場の緊張感を更に高める為にもオンエア無しではこの企画はあり得なかった。

5) ,6)
 昔からレコーディング現場で自分で演奏をする際に感じていたことのひとつ。それは最終的なバランス、エフェクトもかかりオートメーションも入った音の中で演奏をしたかったこと。演奏家の演奏中の心理に一番大きな影響を与えるのが実は音色やバランスだったりする。それによって自分はその音の中でどのポジションでどう演奏すべきかがはっきり見えて来る。ならばどうにか最終形のバランス・音の中で演奏をする方法は無いだろうか?とずっと考え続けて来たことを現実化する方法が今日の技術でやっと可能になったこと。
 そしてそのエンジニアリング、音の作りも他人の手に頼らず自分で全てコントロールすること。かつ自分はその時演奏する側=コントロール・ルームの向こう側に居ると言う矛盾を乗り越えられること。

そんな企画を実現すべく河口湖スタジオへ本番レコーディングの二日前から入る。
スタジオのSSLコンソールを使うアナログ方式は全て捨てて、全てをProTools内で完結させる為に使い成れた自分のシステムをまとめて持ち込む。Mac, Audio Interface, Speaker, Speaker Switcherやら何やら普段使用しているものを一切合切。それプラスアンプ等バンドの楽器、自分のギターやエフェクターやら。山のような荷物を引越さながらに運ぶ。

今回僕の片腕(僕は片耳と呼んでいる(笑)=何故なら年齢的に僕は高い周波数は聴き取れなくなっているので高い成分に問題が無いかを彼女に聴き取ってもらう必要がある。そしてアイデアや方法なども相談できる相方として)中崎文恵さんとスタジオに昼過ぎに到着。スタジオアシスタントの藤浪君に簡単に今回の企画・方法を説明。
今回はエンジニア3人での分業。僕が全体の最終的な音作り。中崎さんがその音に対するアドバイスと補佐及び録音当日はチーフエンジニアとして卓の前に坐る。藤浪君が録り側、つまりマイクからProToolsまでの音の制御を担当。

SSLは録り用のフェーダーしか使わないのでSSLの少し手前にコンパクトなスタジオを設営。Euphinox MC Mix+Control、ディスプレイモニター、モニタースピーカー(GENELECの1029A。サブウーファー1091A+ECLIPS TD307PAII)を正面にセット。左手側に MacPro, Apogee MiniME,+MiniDACなどをセット。右手にNovation 61SL MIDIキーボードとDigiTech Studio Vocalist, KORG KAOSS PADをセットしてスタジオ側は完了。

次々到着したメンバー、まずはドラムのホシヤンの位置決め。
スタジオ内の様々な位置でをスネアを鳴らしながら音をチェック。広いところでやるのも興味があったが歌も同録の為と音のことを考えドラムは一番端のブースに決定。
ドラムセットを組みマイクをセット。手の空いている隙に自分のアンプ、エフェクター、ギターなどをセット。ボーカルの立ち位置、ベース、キーボードの位置も決め、各自セッティングを開始。
今回はアップライト・ピアノも使うためピアノの蓋を外しマイクをセット。
ベースはエレベとウッドベース両方あるのでベースアンプは前室にセット、ウッドベースは皆と同じ広い部屋にマイクをセット。
キーボードも今回はエレピにフェンダー・ローズを使い、グロッケンもある為それぞれマイクをセット。
ギターアンプには二人とも(たっくら=Matchless Lightning15。僕=1958年製Fneder Deluxe)コールスのリボンマイク→apiのHAと言うセッティング。二人とも音量・音圧小さいのでリボンマイクでも安心。
全てのセッティングが終わり、ドラムの音決めを開始できるまでに4時間程。すでに大変!

ドラムセットはホシヤンが最近手に入れた 1960年台中期のレッドスパークルのRogers Holiday Set。素晴らしいビンテージドラム特有の鳴り。スネアも色々試しつつもロジャースの2種類に決定。音決めも順調に、いい音。
次ぎにベースをウッドも含め全部チェック。ギター、キーボードも順次音決め。
やっと全員で演奏できる。まず手始めに「neon」を録音してみる。
各楽器単体の音はどれもすごく良いのだが、混じった結果いまひとつしっくりと来ない。
あ~でもないこ~でもないと色々試してみるが釈然としない。
その後数曲録音し、ミックスバランスをある程度整え夜10時頃に終了。

それからが大変!当然(?)宴会モードに入り、それをustreamに流しながら大騒ぎ。僕は2時くらいでダウンしてしまったがみんな4時頃まで騒いでいたのでは?
翌朝チェックするとそのオゾマシイ映像がustreamにアーカイブされていたので残念ながらも削除(笑)。

翌朝8時半にスタジオに一人で入る。既にキーボードのオットーが音作りを初めている!

昨夜録音した曲を何度もプレイバックしながら問題点を探る。問題点を発見!ドラムのマイクの位相関係。自分自身でのドラム録りのエンジニアリング経験はとても浅いので起こしがちな素人エンジニアの大失敗。やっと全ての音が落ち着く。ホっと一息つきながらも本気ミックスモードに入る。
遅い朝食を取りみなでスタジオへ戻り、録音開始。
2テイクくらいづつ録音した曲を次々ミックス。
当初のプランでは初日に全曲録音し二日目は丸一日ミックス、3日目に最終確認をし本番に望むはずが、二日目終わってもまだ3曲録音できていない状態。
中崎さんは残業しもろもろ明日への準備。

少し焦りが入りつつも結局その夜も大騒ぎ!カメラマンNojyoさんのust番組からオンエアしながら、歌い弾きまくり・・・アホですこのバンド。明日本番なのに・・・などと冷めた頭もどこかへ置き忘れて一緒に大騒ぎ。
明日はどうなることやら。

三日目の朝。8時半にスタジオに入ろうと思っていたが起きられず20分遅刻。
早速録り溜めた曲のミックス開始。遅い朝食で一休みし、まだ録っていない曲の録音に入る。しかもまだ一度もやったことのないアコースティック曲のリハーサルもある。
慌ただしくマイクをセットしアコースティック・セットへ。
そうこうするうち映像のKampsiteスタッフも到着しカメラのセット等準備に入り出し、スタジオ内人数も増え一気に慌ただしくなる。もはや誰がどこで何してるのかわからない状況の中最終ミックス、調整を行う。
Sound & Recordingマガジン編集長國崎さん、一口坂スタジオ荒木さんも合流しいよいよ本番が近づいて来た。皆が見守る中最後のアコースティック曲のミックスをする。

話しが前後してしまうが、今回の方式。一旦テスト録音した音で先にミックスを済ませ、そのミックス・データ(オートメーション含む)に乗せてバンドが生演奏をするという、いわば逆転レコーディング。当然CPUへの負担も大きい、レイテンシーの問題で演奏がやり難くもなる。その2点が最大の問題点であり危険要素でもある。

開始時間ぎりぎりに衣装(今回はデザイナーのsuzukitakayukiさんにご協力頂きました。この場で感謝させて下さい。とてもステキな服です)に着替え、20時ustreamオンエア開始!

まずはサンレコ國崎さんとの対談からスタート。今回の趣旨、特殊性などを見ている方に簡単に説明。
その後最終チェックをしいよいよ演奏開始。
1曲目は「ame」。
緊張とプレッシャーの中テイクワンOK! が、僕は一箇所だけソロの経過音を半音ミス!!
ま、パンチインで直せる部分では無いので仕方ない。(後で聴いたら全くわからない間違え)
2曲目「忘却」3曲目「commentator」・・・と順次録音。
その間ustreamには嬉しいコメントがたくさん寄せられて来る。まさにライブな感じだし、見ている人達と一緒に作り上げている気持ちになって来る。前回のThe d.e.p.の時もそうだが、そこがust生中継レコーディングの醍醐味になって来た。

曲によっては何度もやり直したりして、思いの外時間が掛かってしまった。
11曲だから1時間半くらいで全部録れるかな?と軽く思っていたのが結局5時間半ほどの長丁場。
それでも終始笑いながらにこやかなメンバーとKampsiteスタッフ、CircularToneスタッフ、終始冷静にハンドリングしてくれたエンジニアの中崎さん、藤浪君に囲まれ全曲レコーディング終えることができた。
たった5時間半で全11曲のアルバムレコーディング、もちろん初の体験だ。アルバムレコーディングとして自分の中で過去最短時間だったのは The Blue Hearts の「Young & Pretty」で確か5日間。それと比較しても異様なスピード記録。

連日の作業と寝不足のせい(宴会のせいだ!)もあり、途中さすがに疲れてしまいギターを弾く腕が動かなくなったり爪を割ってしまったり。でもustreamを見ている方達の書き込みにも後押しされ最後までちゃんと演奏に集中することができた。

終わってみて、改めてメンバーを見直した。すごいバンドになったと思う。まずはメンバーに感謝!

無謀な企画だったが得るモノも大きかった様に思う。
もうこんなレコーディングをすることはまず無いだろうが、一個人の思いつきに大勢のスタッフ、メンバーが協力してくれて、累計14,500人を超える方達にustreamの中継を見守っていただき激励され、温かい言葉を寄せていただました。この場を借りて心から感謝します。

引き続きミックス、リリースへ向けての動きが次々と待ち受けている。
がんばるしか無いね。

おやすみ音楽

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Goodnight_to_followershttp://twaud.io/users/masahidesakuma)と名付けて2月から毎晩寝る前に作り始めた通称「おやすみ音楽」が今夜で丁度半年を迎える。180夜超、すでに180曲超を作ったことになる。
作ったと言っても正規な意味合いの作曲行為では無く、その多くは即興的な演奏。アレンジと言える程ではない成り行き任せの音の配置。

久しぶりにそのアーカイブを聴いてみた。もちろん180曲も聴いている余裕は無いので、ここ最近のもの達を。

普段はネットにアップした後確認の為一度聴き、それ以後はほぼ聴き返すことは無い。
そんな自作の楽曲達をまとめて聴いてみる。

作っている時に感じている以上に、どの曲も真剣だ。思ったよりずっと真面目な演奏をしている。
聴き返しながら、その音の端々に過去に自分が見てきた”景色”(風景の意味では無く)の様なモノが垣間見える気がした。

自分が辿ってきた半世紀以上の人生。その間に見・感じ・思い・聴き・聞き・触れてきたたくさんの”景色”の数々が音を組み立てている様に思う。

「そうか、音楽ってそういうことなんだな・・・」とまた改めて気付く。

オリジナリティとは、決してメロディや楽曲の組み立てや音色等の事などでは無く、その人間の生き方なのだろうと。早川義夫さんの「いい音楽はいい人間にしかできない」と言う言葉、やはりその通りなんだな。

The d.e.p.

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d.e.p. は "doggie eels project" の略。doggie eel=うなぎ犬=ありえない組み合わせにより突然変異的にできてしまったモノと言うニュアンス。

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突然の The d.e.p. 再始動!
それ自体はとても嬉しい。何年経って再会しても必ず楽しいメンバー。なのだけど、今回は気持ちが複雑だ。

再始動の理由は、オリジナル・メンバー、ベースのミック・カーン(Mick Karn、ex.JAPAN)の癌の発病。
http://www.mickkarn.net/ (HPから援助ができます。是非お願いします)

PLASTICSで出演した 6/5 頂フェスの日の朝方のニュースで知った。一日心が激しく揺らいだ。屋敷豪太と何か援助できることは無いだろうか、と話し。その場で豪太君が土屋昌巳に連絡。

数日後3人で会い、僕らに何ができるかを話し合った。
ならば同じバンドのメンバーとして The d.e.p. としてやろう。と言い出してくれたのは土屋君だった。感動した。泣きそうなほど嬉しかった。

ビビアン・スーにすぐ連絡を取ろう!とあちこち連絡網を駆使し、幸い連絡が着いた。
運良くビビアンが来週には日本に来ると言う。

その日、レコーディングの現場を早抜けしみんなに会いに行く。
数年振り(多分7年?)の出会い。でもその時間差など何も感じさせない再会。
こんなチャンスをミックが作ってくれた。嬉しさとセツナサが同居する瞬間。

とりとめも無く話し、とにかく再会を喜び、一緒にまた音楽をできることを素直に喜ぶ。
いいバンドだったなぁ、と改めて思い返す。とにかく温かいバンドだったことを。そして、こんなに仲が良かったバンドを経験したことは無かったことも思い出す。もちろんミックも含めて。本当に家族の様な温かさにいつも包まれていた。

そんなバンドが特殊な事情・目的とは言え再始動できた。
今日、制作を開始した。土屋君がミックに送る素晴らしい歌を作ってくれた。僕もビビアンに歌ってもらう歌を一曲。

早くこの音をミックに届けたい。そしていつか必ずまた参加してもらいたい、と切に願う。

We love you, Mick!!

CircularToneRecords.jpgのサムネール画像

その思いつきは突然に突拍子もなく訪れた。
「レコード会社を始めてみよう!」
ごく自然に思いついた。

レコード会社などと書くと僕の様な世代の人間にとっては社会的にも会社規模も含め到底個人レベルの力などでは始めようの無い一大事業に思ってしまうのだが、ふと周りを見渡してみればそんな考えはもはや過去の妄想なのかも知れないと気づく。

小さな小さなレコード会社を始めてみよう。
世間の常識からかけ離れていようが、経済原則から外れていようが、何考えてるんだと後ろ指を指されようが、アーティストを信じ彼らの・自分の持つ、創造・創作への情熱と自由を守ることなら最低限できそうだ。
誰も自分達の音楽を掬ってくれない守ってくれないなら自分達で創ればいい。

音楽業界の中で35年も働き続けて来て、今頃になってやっとこんな単純な子供じみた答えに辿り着く。

自分の半生を振り返ってみる。
果たして僕は・彼らは音楽家として自由にのびのびといつでも音楽に向き合い創作して来ることができたのだろうか。残念ながら答えは否だ。
僕の仕事は音楽と言う産業の中にある。経済原則の上に乗った産業である。すると音楽とは金銭的価値を産み出すことのできる芸術活動だけを指すこととなる。その中ではもはや音楽の本来持つ自由、自由な創作その自由な表現すら制約されざるを得ない。それ自体は決して悪では無い。間違ってはいない。経済的活動だからだ。

でも自分自身自由な立場の音楽家として自分の活動を思い返してみると、それほど自由では無かったなと思う。

経済原則の上に無い音楽活動と言うモノを想定してみる。
とりあえず著作権だ何だと言うヤヤコシイ事項も度外視してみる。単純化するために。
まず自分の思う「いい音楽」をひたすら作る。発表の場を考え自由に発表する。
なるほど簡単だ。いつでもCDを作れる。毎日でもネットにアップロードすることだって出来る。ライブもできる。何でもできる。そう、とても簡単に。

「お金にならないだけだ」

いつの間にか音楽にはお金が付き物(いや憑き物?)になってしまった。
お金になることを前提としている音楽活動がある。先にも書いたようにそのこと自体を間違いとは思わないが、前提にされていることにちょっと違和感を感じる。

音楽の価値は決して金銭では無い。そんな当たり前の恥ずかしい様なセリフだが、その理想を現実のものとしながら音楽活動をしているレコード会社を見たことは無い。
ならばそんな発想のままスタートしてみよう。

この春に偶然、そう全くの偶然の上で4つのバンドが出会い一緒に関西ツアーを行った。たった3日間ではあったが、そこで得た刺激・感動は計り知れないほど大きなものだった。

Cojok
hachi
タイフーン・ミニスターズ
そして unsuspected monogram

言わばどこにも引き取り手もいないような音楽家達。でもこの上なく出色の音楽達。4つとも全く違う音楽性なのにどういうわけだか強く惹き合えた。

この4バンドでレーベルにすることができたら、と思いついた。
素晴らしいアイデアだなと興奮した。みんなで助け合いながらみんなが自由に音楽活動を続けていけたら。
今は誰もその音楽でお金など得られない。でもそんなことは後から付いてくればいい。

レコード会社を始めよう。
僕らの作り出す音がいつまでも永遠に循環できる様に『CircularTone records』と名付けた。


2010年6月
レコード・プロデューサー
CircularTone records 代表 佐久間正英

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昨日までの3日間、毎晩twaud.ioにアップしているおやすみ音楽シリーズ "Goodnight_to_followers" の作品として初めて VOCALOID を使ってみた。
http://twaud.io/SSY , http://twaud.io/SY5 , http://twaud.io/Sh8

ネット上での反響の大きさにも驚いたけれど、僕がボーカロイド(以下ボカロと略)を使ったことがとても意外と受け取る反応が多かった。多分職業プロデューサーとして見られているからなのか。自分としては音声合成ソフトの初期から音楽に取り入れたりしているのでその反応が意外だった。古くはポンキッキの音楽、PLASTICSのラフトレード盤でのSpeak & SpellによるCOPYや、コンピューター上のソフトウェア音源としては、もう名前も忘れてしまったけれどずいぶん古くから試していた。

僕のシンセサイザー歴のスタートも実はEMSを使っての人声シュミレーションからスタートしている。四人囃子初期の話しなので1975前後。


さて話しを戻してボーカロイド。最初の情報を得たのはいつだろう?もちろんすぐにも飛びつきたかったのだが、時間があまり割けそうになかったことと Windows上でのアプリケーションだったことでなかなか試すこともできなかった。初音ミクも発表された時からすぐにでも使ってみたかったしその時点で試したいアイデアも色々あったのだけれど、やはり上記の理由で出会えないままでいた。
瞬く間に初音ミクは超売れっ子アイドルとなった。予想した通り、いやそれ以上の人気タレント扱いとなった。僕は始めの頃多少聴いただけだが、ネット上には彼女の声が溢れているようだ。

それがtwitter上でのちょっとしたやりとりから簡単な道が見つかった。MacでもWindowsのエミュレート上で動くことを教えてもらえた。なるほどあまりに簡単な道で考えもしなかった。と言うか例えMac上でもWindowsを動かすこと自体に抵抗はあったのだが。

ともかく、すぐに注文をした。選んだのはボカロ3代目アイドルの巡音ルカ。理由は唯一バイリンガルであること、大人しめな声なのも気に入って。

インストールしたその日に作ったのが1作目「春が咲き」(仮タイトル)という曲。先日の unsuspected monogram の関西ツアー最終日にhachi のボーカルハツエさんと共作した作品。その日のGoodnight_to_followersとしてアップされている。http://twaud.io/5wd
真っ先にやってみようと届く前から決めていた曲。結果は予想通り。音楽的に使える。インターフェースに改良の余地は感じるし、声の移り変わり(発音の)にギクシャク感はあるが、決してイヤな感じ・不快な感じと言う程ではないと感じた。昔のアナログ時代のハーモナイザー処理に似た感じとでも言おうか。80年代にアイドルもの仕事で多用したアナログ・ハーモナイーザーでのピッチ補正やメロディの補正時の記憶が蘇る。


二日目に試したかったテーマはブルース。もちろん意図的に”無機的な”ブルース。1970年代初頭(四人囃子以前)に思いつきずっと試してみたかった真面目な遊びのアイデア。40年かかってやっとできた遊び。

前半はバックもバカバカしい程の機械的演奏。と行っても昔のCV/GATE時代の様なリズム感=遅延の無いジャスト感はMIDI以後出せなくなってしまったが。
それが間奏のギターソロが入るとそれだけで趣が変わって来る。あえてオケとかけ離れた激しい歪みきったギターを弾いた。このギターのオブリが乗ってくるとルカの声の表情がそこまでと変わって感じる。そこまでは全く何の処理もしていない”素”のルカの声音。そして最後のコーラス、バンドは突然生演奏になる。ルカの声も通常のレコーディングと同様の処理。コンプレッサーのかけ具合もEQ処理も通常自分でミックスする時の方法、セッティング。軽くディレィをかけて艶っぽく。
当たり前だがそこまでのルカと存在感が変わる。急に生々しくなり、同時にそれが嘘くささを目立たせる、と言う興味深い実験。


三日目。今度はそれまでとは別のアプローチ。何かと言えば、巡音ルカさんと言う歌い手のために書き下ろした曲・詞で作品を創った。出会って3日目にして”その気”になれた。
"FALL" とタイトルをつけた楽曲。

当たり前なのだが”彼女”はその楽曲にちゃんと応えてくれる。生き生きとノビノビと歌う。実は時間が無いのであまりきちんとしたエディットができていないのが残念だが、もっと踏み込めばさらに良い歌い手として応えてくれるだろう。
自分としては予想以上の素晴らしい作品が出来上がったと思っている。

http://soundcloud.com/masahidesakuma/2010-04-20mix ←で44.1K/24bitでダウンロードできます。

「そんな機械に唄わせて何が面白いの?」「気持ち悪い!」と言う声もまだ多いかとも思う。それも至極もっともな感覚だ。
でも自分は一人の音楽家として何の偏見も無く、素晴らしい技術・進歩として喜んで”彼女たち”を音楽制作の現場に迎え入れたい。


3日間を通して短い時間ではあるけれど充実した貴重な音楽体験ができた。ボーカロイド技術の素晴らしさ、将来への期待を含めてtwitter上で開発陣に賛辞を送らせていただいた。