世界の終わりに

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今日で世界は終わるらしいが今のところ何も起きてはいなそうだ。

「終末論」は世界中でもてはやされる。不安を抱きハラハラ・ドキドキしながらその悲惨にどこか憧れ期待を持ってその時を待つ。
日本が沈没し、世界に核が飛び、隕石が落下し、巨大津波がおしよせ、宇宙人が襲来し、人々は逃げ惑いビルは破壊され何もかも水没し。
そんなイメージは確かに極上のエンターテイメントだ。これ以上派手な催し物・特効(特殊効果)は考えにくい。

そんな人間の馬鹿馬鹿しいとも思える性・弱さにつけこめば人を洗脳・説得することは容易い。
「次の原発事故が起きたら日本はもうアウトだから…」みたいな発想が簡単に蔓延もする。しかも人は恐怖を目の当たりにすると「シングルイシュー」でしか物事を考え・見られなくなる。なので、そこで思い込んでしまった恐怖対象を取り除くことにしか意識が向かわない。周りが見えなくなる。
例えば浜岡原発の擁壁作りに1500億円近いお金と努力を投資しながら近隣住民への津波被害対策になど一切目が行かなくなる。実に典型的な例だ。
あるいは全ての原発を止めて自らの首を絞める等々。
(原発のことなど書きたかった訳では無いのだが、そんな人間の弱さのわかりやすい例えとして)

さて。明日世界が終わるとしよう。
それでも今日自分が抱えているリスクは変わらない。マンホールに落ちて死ぬかも知れないし車に轢かれるかも知れない。心臓発作を起こすかも知れない。
あるいは運良く今日を生き延びて明日世界が終わったとして、何を恐れることがあるのだろう。
生物の命は有限だ。生命に限らず地球でさえも。その有限が一斉にある瞬間に訪れることでしかない。

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This page contains a single entry by masahide sakuma published on December 21, 2012 9:53 AM.

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