草刈り

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陽が落ちて来て涼しくなったので久しぶりに草刈り。

東京に暮らしていた頃と違い田舎は無駄に土地が広く雑草も伸び放題。このまま梅雨を迎えると収集がつかなくなるので、今のうちに手を付けておかないといけない。
田舎では草刈りと言えば刈払機で一気に。手で悠長にやってはいられない。エンジンのノイズがうるさくて気が滅入るが。

草刈りをしながらエントロピーの事などを考えてみる。増大した土地のエントロピーと肥大した自分の下腹部のエントロピー。その両方を緩和すべく汗をかきかきひたすらガンバル。

雑草は強く柔軟だ。いくら刈ってもまたすぐ生えてくる。一本一本の草をいくら刈っても集合としての意識におそらく何の変化も無い。つまり一本一本の「死」に集団としては全く無頓着だ。いくら仲間が刈られても自分らの種が途絶えることなど無いことを潜在的に知っているのだろう。虫と似ていそうだ。

70億に増えてしまった人類に残された生き方はもしかするとこの雑草の様な生き方なのかも知れない。個々には無頓着なまま人類としての集合意識だけが尊重される”雑草”や”虫達”の様な生物として生きていくことになるのだろうか。

刈られた草の行方を見つめながら、そんな哲学的思索にふける草刈り。

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This page contains a single entry by masahide sakuma published on May 20, 2012 6:44 PM.

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