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今日の昼間は映画「AVATAR」の3D版を見てきた。

普段ならあまり見に行こうと思う種類の映画では無いのだけれど、ジェームス・キャメロン原作・監督であることと、その公開後の評価の高さに物見遊山気分で出かけてみた。ハリウッド映画ならではのエスカレートした”旬”の映像を体験してみたかった。

話しそのものは単純明快。昔ながらの勧善懲悪の寓話。アメリカ・インディアンにまつわる話しと同様なことと言おうか。そこに相変わらずの欧米人ならではの神秘主義(思考)への憧憬と自然への思い込みにも近い崇拝精神。
とは言っても、水戸黄門と同じでどんなストーリーでもそれなりにどんどん引き込まれ、印籠を出す瞬間を快感に感じる、あの感じで充分楽しめる。それをハリウッドのエンターテインメント・スケールで作られているので嫌が応にも盛り上がるストーリー展開になっている。

さて、その映像はと言えば、とにかくすごい!絶賛できる。どうやってこんなに手の込んだ大変な作業をてんこ盛りにして、商業作品として完成させられるのか。その努力とあくなき追求心に本当に頭が下がる。
時代とともに進化する映像技術、その最先端に近いものが結集させられているのだろう。

映像技術のことはあまりよくわからないが、その膨大な手間と最高の作品を完成させようと言う強い思いはよくわかる。

今までのCGや作り物映像には感じられなかったが、この映画の中の実在しない動物達、鳥モドキや馬モドキやら木々ですら、見ていてそれら全てに”本物の生命”を感じられるのがスゴイ。


唯一残念に思ったのが、映像がここまでエスカレートしているのに音楽が平凡に手堅く当たり障り無く扱われていたことだ。

映像と音楽とを同時代のものとして考えてみると、映像は技術によってここまで進化・進歩したのに対し、どうやら音楽の方はその技術に追いつけないでいる感がする。
この映像の様な意味での新しい音楽、画期的な手法の音楽は長いこと顕れていない。最近で言えばせいぜいオートチューンかかりっぱなしのケロケロ・ボイスくらいしか見あたらない。でもそれは新しい技術でもその画期的な応用でも無い。ただ意図的に聞き苦しい音を”クール”と呼んでいるだけだ。オートチューンの技術の正しい使い道を面倒くさがっているだけだ。

音楽家はもっともっと真摯に努力し研究し、音を今の時代に合わせて磨いて行かなければならない。それは前衛を作ることでも実験音楽を広めることでも無く、大衆音楽としてきちんと機能できる方法で。

もちろんそう言った技術に頼る必要のない音楽もいくらでも存在する。そんなのは当たり前。いつの時代になってもただフィルムだけで撮った実写の映画でもちゃんと説得力を持てることと一緒だ。
でも”新しい音楽”を作ろうとするには新しい発想と技術が必須だ。
いつまでも努力と勉強を怠ってはいけない、と痛感した作品。

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