30th anniv.
一昨日の朝目覚めるなり突然気づく。
「プロデューサーとして仕事始めてから30年経った!」
1979年、27歳の時に初めてのプロデュース。それ以前も同じ様な仕事の仕方はしていたが、当時の日本では音楽プロデューサーはまだまだ認知されていなかったので、プロデューサーとしてのクレジット或いは『プロデュース契約』に値するものも無く、もっぱら『アレンジャー』に括られていた様に思う。
プロデューサーとしての初仕事は『P-MODEL』のデビューシングル「美術館で会った人だろ」とアルバム「IN A MODEL ROOM」。
1979 ~ 80年、テクノ御三家と言われたのが『ヒカシュー』『PLASTICS』そして『P-MODEL』。
記憶によると、P-MODELは当時ヒカシュー・プラスティックスより少し遅れたスタートだった様に思うが、レコードデビューは多分一番早かったかも知れない。ヒカシューがどうだったかわからないが、少なくともプラスティックスよりは一足先だった。
確か1979年初頭、渋谷屋根裏でのプラスティックス・ライブ終演後片付けをしていると後ろから青年に話しかけられた。
「P-MODELと言うバンドをやっている平沢と言います。バンドをプロデュースしていただけないでしょうか?」と1本のカセットテープを手渡された。曲名は「美術館で会った人だろ」。
聡明そうな好青年と言う第一印象だった。
その夜早速テープを聴いてみた。明らかにニューウェーブからテクノへの当時のニオイを感じさせつつ、もっと奥深い暴力的なロック衝動が感じられた。そして当時のそのシーンとしては珍しく(!?)ギターとボーカルが巧い!!曲もとてもオリジナルで強く印象に残った。
それから数ヶ月後、ワーナーブラザースから連絡が入った。
「今度ウチでP-MODELと言うバンドをやるんですが、プロデュースしていただけないでしょうか?」
すぐに詳しい話しを聞きに行き、即答で了承。
短期間の間に池袋にあった「サンライズ・スタジオ」と言う小さなスタジオでレコーディングを始めた。
まずシングル「美術館で会った人だろ」を完成させ、続いてアルバム。結構大変な作業だった。途中平沢君と何度か意見をぶつけ合いながら。スタジオの後にミーティングが続いた。
そんな初プロデュースから30年。
その間に関わったアーティスト数、おそらく134アーティスト!(ギネスに申請できるかな?)
すでに亡くなってしまった方もいるけれど、どれも思い出深いレコーディングだった。本当にたくさんの素晴らしい人達と出会えて素敵な体験ができた。
思い返せば恵まれた音楽人生。
プロデュース初作品『IN A MODEL ROOM』--- P-MODEL, Aug.1979

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